ラグナロクの世界二日目。  昨日は人生でこれ以上無い事件を抱え、その翌日も相変わらずな昨今、私は非常に途方に暮れて いたりする。  うちのギルドがまるでCIAとかKGBみたいなものだと聞かされ、そのトップの中に私のメイ ンキャラも交えていれば途方に暮れるのも仕方ないと思う。  …そりゃ、メインのハイプリはギルド初期メンバーの古参ではあるけれど、そんな大それたもの になっているとは誰が思うか。支援が好きで育ててたわけでそんなにPSがあるわけでもなかった と思うんだけどなあ…。ていうか、I>Dステの大魔法型であるシェシィはともかく完全狩りステ しかもAGIなルカやアルトが砦とか。それ何の冗談ですか?とか思わざるを得ない。こっちであ った時もござるに逆毛だったしなあ…。なんて言うか予想の斜め上を平泳ぎで飛んでいっている。  正直何がなんだか判らない。  このままで良いのかよくないのかすら判らない。  どっかで見た掲示板の様にこの世界で馴染むのが一番良い手段なのだろうか?  それとも、この世界からの脱出を全身全霊をかけて探すのが良い手段なのだろうか?  まだ1日しか経ってない…だけど、1日経ってしまった。  どうしよう。私はどうしたら良いんだろう。 「ユーリ?」 「あ、うん。なんでもない」  不思議そうな目で私を見る金髪美女アサカに私は首を振って答えた。  うちのギルドの話を聞いて、少し意識が別のところに行ってしまったようだ。 「……そういう事は知らないのね、アンタは」 「私の知っている事と知らない事がごっちゃになってるのよ」 「そうなの?」  アサカは私の方を見て首を傾げる。  私の世界の事、昨日アルトには伝えたが、アサカに伝えて良いものだろうか。  ……やっぱり止めておこう。自分が別の何かに操作されているゲームキャラだなんて、信じても らえるわけがないし、相手を怒らす結果にもなってしまうかもしれない。 「アンタはさ、どんなことを知っているの?」 「ん、んーと…」  当たり障り…は何処にでも存在しているけれど、あえて無難な事をどう伝えるか暫し悩む。 「とりあえずこの世界の地名とかモンスターとか…。後はその他もろもろ」 「……その他もろもろ、って言うのが気になるわね」 「ルカが言うには極秘事項なんだって。だから下手に喋っちゃダメだって言われた」 「……なるほどね。だから『OS』って特殊な警戒が成されるのね」  特殊警戒体制。その言葉に私の気が重くなる。もし私が『OS』として周りにばれたらどんな扱 いをされてしまうんだろう。ばれないようにするしか無いんだろうか。 「……ねえアサカ。教えて欲しいんだけど、ユーリって結構知り合い多い?」  知り合いが多ければばれる確率が飛び跳ねる。わかる範囲で把握していれば皆の迷惑にも掛から ないかもしれない。 「ユーリね。プライベートな友人はいないのよ。いると言ってもギルドのメンバーくらい。  後は、仕事として付き合いのある人くらいで、本当のユーリの事知っているのは数は少ないわ」 「……なんか寂しい奴だね」 「気持ちはわからなくとも無いわね。  出来る身内を持つ劣等感。あくまでもリトさんの弟位にしか見られて無いのよ。  アタシだってそう。今でこそ指名で仕事貰っている身だけどね、ユーリたちに会うまでアタシは 日陰者だったし。妹の陰に隠れて表に出ることは少なかったわね」  アサカにそんな過去があるのは驚いた。ナイスバディの美女。女の私でも見惚れる位のアサカが 日陰者だなんて。 「でも、やっぱり外出る時は男の子の振りしないとダメだよね」 「……そうね。流石にユーリがオカマさんだなんて、相方として哀しくなるわ」 「………となると、1人称は僕って所かな…」  その言葉にアサカは小さく吹きだした。 「ユーリの1人称は「俺」、よ」 「………マジで?」  なんと。鏡を見たとき、女顔の優男と思われるこの男が1人称俺とは…!  難しい難題に差し掛かってしまった。『俺』なんて使った事なんか無いから(もちろん『僕』も 無いけど)どう考えても不自然なそれになってしまう。と言うか俺だなんて口調慣れたくないんだ けどー。 「別に良いと思うわよ、そのままで。  今日日『私』と使っている男の人も多いし…そういう人って口調も丁寧な人が多いんだけどね。  アンタがやりやすいようにすれば良いんじゃない?」 「ん、うーむ。  ちょっと、考えておく…」  丁寧語など得意なわけじゃない。うっかりボロだって出るだろうし。  かといって、俺なんてやっぱり抵抗はある。  となると消去法で『僕』か。なりきりはチャットのみで十分だと思っていたのに、演技をしなく ちゃいけないことになるなんて思わなかったなあ…。 「…で、今日はどうするの?このまま家にいるの?」  アサカの言葉に私は彼女を見た。この世界に来た目的なんてものは何も無いけど、だまって家で 燻っているのはもったいない気もしてくる。  昨日みたいに外に出て……、……昨日みたいに襲われたりしないかな…?町の中だけだったら問 題ないかな…。 「ちょっと出て、見ようかな…?」 「付き合う?」 「お願いして良い?」  やはり一人で行動するよりは、詳しい人と一緒の方が良いだろう。私は首を縦に振った。  昨日は一人で出たプロンテラの町。今日は隣に金髪の美女が並んでいる。  私が着ているのはバードの服などではなく、普段着のようなものだ。アサカがダンサーの格好を していないように、隣にいる私もそれに合わせているだけで、特に意味はなかったのだけど。 「ふふ、きょろきょろしちゃっておのぼりさんみたい」 「仕方ないでしょ…じゃない。仕方ないよ知らないんだから」  外に出たらやはり注意すべきは言葉使い。無理した男言葉は不自然だから、比較的無難な言葉を 選んで発する。 「……変な感じ」  アサカは私を見て小さく笑った。極自然の笑い。ふと過ぎった不安。  アサカもユーリがいなくなってどうしてそんな笑い方が出来るんだろう?  私に気を使わせないため? 「アサカ」 「……何よ?」  言葉を言い直す私に小さく笑いながらこちらを見るアサカに私は言葉に詰まる。  言って良いのだろうか。ようやく打ち解けたこの女性に余計な事を言っても良いのだろうか。  私は頭を振ってアサカを見た。 「…ごめん、なんでもない」 「………何よ」  そう言えばアサカはつまらなさそうな顔をして通りに目を戻す。  言えないよ。言っちゃいけない気が私はしていた。大体、相方がいなくなって平気なわけ無いじ ゃない。アサカはダンサーだから、演じる事は上手なだけであって多分、きっと心の中は平気なん かじゃないはず。私が下手につついてアサカを困らせるわけにはいかないよ。 「見たい候補とかあるの?」  プロンテラ中央の噴水でアサカは近くのベンチに腰掛けながら私を見た。  …候補、かあ…。  昨日ホルグレンは見た。露店も見たし、臨時広場も見た。となると…。 「プロンテラ城とか」 「無茶言わないでよ」 「ダメ?」 「シェシィならともかく、アタシじゃ無理。ダンサーが登城だなんて、オークが禁煙するくらい無 理よ」  なんなんだろう、その喩えは。  シェシィならともかく、と言うのはやっぱり転生職だからなのかなあ。 「そしたら…」  そう言って私はプロンテラの町をぐるりと見渡した。  目に映るいろんな人たち。流れるその人波。今だ見慣れない建物と空気。  行きたい場所…。何処でも良いかな。何処も私にとっては珍しい。 「ぶらつこう?」 「……なによ、それ」 「僕にとっては新鮮だから。何でも面白いし」  例えば、露店の商品を眺めたり。  例えば、石造りの街並みを探索したり。  例えば、……ただ歩いているだけで、デートしてる気になったり。  …………あれ?  ちょっとまって。  私は女だぞ?アサカも女だぞ?デートってなんじゃい。…まあアサカは私の目から見てもドキド キしてしまうくらい美人だから仕方ないかもしれないけどさ。 「ユーリ?」  黙りこんだ私を訝しむようにアサカは覗き込むようにしてこちらを見る。  私は慌てて首をぶんぶん振って何でもないと伝えた。 「…そしたら、こっち行きましょうか。プロンテラ南西地区はお店とか多いから」 「案内よろしく」 「任せなさい」  にっこり笑ったアサカの顔がとても輝いて見えた気がして、私はドキンと胸が鳴った。  …………。  まてまてまて。  何故動揺する?  私ってその気あったって言うのっ!?  いや、ノーマル。至ってノーマルだよ私はーーっ!!  二人並んでショッピング。  アサカの案内の元、路地を過ぎればそこには洒落た店が立ち並ぶ。  ラグナロクにこんな店があるなんて思わなかったけど、これが現実だとしたらあってもおかしく 無い訳よね。  アクセサリーや衣類とか、流石アサカはダンサーなだけあってその手の店に詳しい。  金細工をあしらった宝飾店に私達は足を止め、その品を眺めていた。 「綺麗だね」 「ええ。ここの店はセンスが良いのよ。だけど、ちょっと高いのがネックよね」  アサカの言葉に、値札を見れば確かにその価格は安くは無い。1z1円と換算したらとてもじゃ ないけど私じゃおいそれと買うことの出来ない金額だ。  だけど安くは無いのだけど、ラグナロクで10Mとか平気で扱っていた経験がある以上、この値段 も高いのかすらわからなくなっている。 「えっと…」  鳥をあしらったブローチがちょこんと座布団のようなものに乗っかっている。  やばい、ちょっとこれ可愛いんだけど。バードなだけに鳥ってね。…うん、めっちゃ寒。  昨日換金したジャルゴン貯金、それからすれば買えない値段でもない。  だけど、昨日の話を聞いた以上こうも勝手にお金を使って良いものか悩んでしまう。  同アカウントで兄弟っていう事は、あの倉庫の中身はリトの分もあるわけだ。で、私(じゃない けど)の所為で怪我をしたって聞いてるわけで、あまり好き勝手なんか出来ない気がしてきた。  まずは自分でお金を稼ぐ方法を見つけない事には無駄使いはしちゃいけないよね。 「うー…む」  私はそんな事を考えながら唸る。  さっきからアサカが私とその視線の先を交互に見ているのには気が付いていない。  それだけ真剣に考えてたって事で。 「ユーリ、もしかしてこれが欲しいの?」 「え!?ほえ!?」  突然のアサカの言葉に思わず間の抜けた返事を返す。 「仕方ないわね、買ってあげるわよ」 「いや、ちょっと待って。  何でそういう話になるの!?」 「…昨日のお詫びよ!物で返すって言うのもちょっとあれだけど、じゃあ何で返そうかって考えて たのよ」 「そんなのいらないって!わた…、僕は気にして無いんだからっ!!」 「煩いわね!何よ、アタシに恥をかかす気!?」 「言ってる意味がわかんないよっ!?」  こうなったアサカにはもはや何を言っても無駄らしい。彼女はとっとと店の中に入って行き、私 が止める間もなく店から出て来てしまっている。その手には例の包みがあったりするし。 「はい!」  突きつけるように差し出すその包みを素直に受け取れるわけも無く、私がまごついているとアサ カは私の手を取り、無理やりそれをその手に滑り込ませる。 「えっ……と…」  手の中に納まったその包みをじっと見る私。なんでこんな事になってんだろうと瞬きを繰り返し その場から動けなくなっていた。 「さあ、次行くわよ!」 「……あ、あの、アサカ…?」  そんな私を気にする事無く、アサカはとっとと歩き出す。はぐれまいと困惑しながら私は彼女の 後を付いていった。 「……なんか文句でもあるわけ?」  振り向かず前を行くアサカはそう呟く。 「文句なんか全然無いけど…でも…」 「……これだってアンタがくれたものじゃない。アタシだって何かあげたいなってそう思っただけ よ」  これ、とアサカが言うのはミスティックローズ。…それ、ユーリからのプレゼントだったの!?  いや、まてまて。  えーと、確かミスティックローズはユーリじゃなくて、リト(ここ重要)とシェシィで監獄に行 った時にダイヤ集めて(と言うか気が付いたら集まってた)作ったものだったような気がしたんだ けど、それってゲーム内だけの事だったのかな?そりゃ端数分は彼女に渡してるし、プレゼントと 言うほどのものじゃないと思うんだけどなあ。 「そうなの?」 「…そうよっ!」  その事を知らない私の問いにアサカは不機嫌そうに語気荒く返してくる。ああ、この齟齬がなん とももどかしい。なんで他人(兄弟だけど)なんだ、同アカウント!! 「ご、ごめん、アサカ」 「謝られる理由がわからないわ!!」 「う、いや、その…」  なんとなく謝った方が良いんじゃないかと出た言葉にアサカの鋭い指摘。……ですよねー。 「…物で釣る女ってうざいかしら」 「え!?」 「どうせ、アタシは素直じゃないわよ。でも、どうしたら良いかなんてわかんないし、アンタみた いに気の効いたこと言えないし…」  ぽつりぽつり呟くその声には自虐が含まれているように聞こえるのは気のせいじゃないと思う。 でも私が『気の効いた』事なんて言った事無いし…、あ、ユーリの方かな?あー、やっぱり昨日突 然の事だから混同しているのかな。  私はアサカの前に出るべく足を速めた。ちょっと俯き気味の彼女を真正面に捕らえる。 「…な、何よ」 「ちょっと驚いてるだけだよ。アサカのしてくれたのは驚いたけど嬉しいし。  アサカのそういうとこ、可愛いなって思うし」  目の前の美女に向かって可愛いって言うのは失礼かなって思ったけど、なんて言うかその私の目 から見た完璧っぽいそのアサカにそんな子供っぽいところがあるのがやっぱり可愛いと思ってしま う。そう言ったら、アサカはかっと顔を真っ赤にさせた。 「ばっ、馬鹿なこと言わないで頂戴っ!?  ア、アンタ卑怯よっ!」 「…卑怯って…」  まずい事でも言っただろうか。言葉を間違えた、かなあ?  アサカがなんでそこまで動揺しているか、このとき私は気が付いてなかった。  そういやアサカはユーリに惚れてるのだと思い出し、そもそも自分は今男だと言う事をうっかり 失念していたわけで、改めて考えるとこりゃたらし以外の何者でも無いなと頭を抱えたのはその夜 のことだったりする。うん、余談だけど。  お互い気を取り直し再び歩き出したその時、目の前からこれまた美麗な女の子が手を振りながら こちらにやってきた。 「だ、誰?」 「ダンサー仲間よ」  小声で尋ねればそう返ってくる。…なるほど美人さんな訳ね。走りながら揺れてる胸がなんとも 羨ましい限りです。 「よかったー、アサカみっけー」  そのアサカのダンサー仲間は息を弾ませながら彼女の前に近寄ってくる。  この子も普段着のようなもので露出は控えめだ。 「何よ、なんかあったの?」 「ちょっと大変なことになってー」  二人の会話は私にはわからない。邪魔にならないよう数歩下がりなんとなく事の成り行きを黙っ てみる。 「大変なこと?」 「うん。明日の公演でねー、主役の子が倒れちゃったのよ。で、代役探していたんだけど、見つか らなくてー。  で、今アサカを見つけたってわけ」 「………ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?  明日の公演って、主役って…!?  まさか、アンタ…、アタシにやらせよーなんて言い出すわけじゃないわよね…?」 「そのまさかよー。  大丈夫、『ニブルヘイムの宴』はアサカもやったことあるでしょー?」 「あ、あるけど、主役ってアンタ…。っていうか、アタシ明日は通しのリハーサルが…」 「時間被ってないのは確認済みよう。向こうの団長さんにも話し通しておくからお願いね?」 「お願いねって、アンタちょっと待ちなさいよ!?そんな無責任なこと…っ」 「そういう事だから、よろしくー」  その女の子はそれだけ言うとアサカの返事も待たずに走り出す。硬直したアサカの姿に私はどう したものかと彼女の顔を覗き込んだ。 「な、な…なんだって…、そんな急に…っ!!」  わなわなと頭を抱え出しアサカは呻くように声を出す。そしてばっと私の方を向いた。 「悪いけど急用が出来たわ。  すぐに確認しなくちゃ…!」 「う、うん。頑張って…」  目の前にいきなり現われた急用はアサカにとって一大事らしくしきりにぶちぶちと不平を漏らし ながらアサカは走り出す。  当然私は置いていかれるわけだけど、付いて行っても何か出来るわけもないし。  それにしても、公演、かあ。ちょっと見て見たいなあ。  立ち去ったアサカの後姿になんとなくそう思う私だった。