商人ラグナC2 「え、えーと、お嬢さん?」 「威張って脅かしてればなんでもボロ出してくれるなんてガキ大将同然の甘っちょろい考えしかないクラウスさんが何の用ですか?」 「い、いや……なんでもありません」 「そーですか。じゃあ黙っててください。ジャマなので」  歯に衣を着せぬ言い方に、何とかミーティアを止めようとしたクラウスが硬直した。アイス食べたりフロストノヴァを喰らったわけでもないのに氷付けになった。そんな感じ。  なんというか、クラウス南無。ミーティアに関わってロクな事がないような感じがするのは気のせいだろう。 「そっ、そんなに一気に聞かれても答えられるわけないじゃないか!!!!」  気圧されていたポニテ騎士が、ここぞとばかりに声を張り上げた。  彼曰く、質問はひとつづつにして欲しいとのこと。  2つ以上の事を考えると思考停止してしまう人間がたまにいる。小学生レベルだが、1+2が理解できていても1+2×3になると意味が分からなくなってしまうという。ポニテ騎士は自分がそうだというのだ。  つまり、自分は目の前にいるミーティアより頭悪いって宣言してることなんだが、そこまで理解しているんだろうか。 「じゃあひとつづつなら答えてくれるんですね?」 「もちろんだとも! 何だって答えてやるさ!」  これも嘘ひとつつかず、洗いざらい自白するという事だ。おそらく彼は、そのことに気付いていない。 「それなら聞かせてください。モルドレッドさんが騎士になろうとした理由」 「はァ!?」  本日二回目。その場にいた全員が一斉に驚く。俺まで声出してしまった。 「質問の意味が分からないぞ! 時間が無いのに意味の無い質問をする理由は無い! よって答える必要なんて無い!」  勝ったと言わんばかりに大声をあげるポニテ騎士。他の連中はというと、ぽかんと口を開けて成り行きを見守っている。 「それが答えなんですね。あ、ログとっておいてくださいな」 「ちょ!?」  興奮したポニテ男に対比しているかのように、ミーティアは冷静だった。 「何だよそれ!? 私が答えてないのに答えたことにしてるってどういう事だ!?」 「だから、わたしが答えだと思った発言がこの質問に対する回答なんですよ?」  強引だが筋は通っている。と思ったがどうなんだろうか。 「無茶苦茶だ! こんな茶番に付き合っていられるか! キミ等も黙ってないで何か…」 「つまり、わたしの質問に答えないって事になりますけどいいんですか? ヒガイシャ?っていうのはわたしなんですよ?」  この流れを止めようと、ポニテ騎士はノウンやクラウスのほうに顔を向けるが、どういうわけか二人とも目線を合わせようとしない。俺を睨みつけてきたが、それでどうなるっていうんだか。 「何をそんなに慌ててるんです? 貴方が潔白だっていう証拠を見せてあげればいいじゃないですか」  カップのコーヒーに一口付け、爽やかにノウンが言い返した。 「っく……だが」 「僕らとしては当事者同士で解決してくれるのが手っ取り早いし手間省けるしでいいんですよ。まあ傍観してますんでお好きなようにどうぞ」 「答えてくれるんですか? それとも回答を拒否するんですか?」  ミーティアは食い下がってくるが、他の人間からの助け舟は無い。しばらく唸った後、ポニテ騎士は小さく呟いた。 「……答えます」  質問は本当に当たり障りの無いものからだった。  ポニテ騎士の名前からはじまり、ノービス時代の思い出や剣士に志願しようとした動機、先ほどの騎士になろうとした理由。PTプレイや臨時での思い出など。  ミーティアを舌戦の主役に持ち上げるのは俺の作戦だが、こいつがどんな手段で相手を言い負かすのかまでは考えていなかった。  本当にどうでもいいポニテ騎士の過去を延々と聞かされ続けたし、正直帰りたくなってきた。 「さあ、次の質問はなんだい!?」  自身の身の上話をあれこれと聞かれているうちに気分が良くなったんだろう。最初のうちは嫌々回答していたポニテ騎士が、今ではすっかり上機嫌だ。  それほど自慢できる武勇伝もないのだが、彼は今ここに生きている事を誇りに思っているらしい。 「モルドレッドさん自身の話はこれくらいにして、そろそろ妹さんの話に入りましょうか」 「いいですとも!」  和やかになりつつあった部屋の空気が一気に緊張したものに変わったんだが、この男、気づいてない。頭が悪い上に空気も読めないのか。 「まずは、妹さんのお名前を教えてください」 「質問の意味が分からないね。悪いけどそれの回答は拒否させてもらうよ」  いや、気づかない振りをしていただけだった。本題に入ってくるだろうタイミングを見計らい、軽薄な態度で誤魔化すために心の準備をしていたようだ。 「理由も聞いていいですか?」 「私の妹である君自身が知っていることだからだよ」  答えになってないんだが、誰も突っ込まなかった。いや、突っ込めなかったと言ったほうがいいのかもしれない。 「わかりました。次の質問にいきますね」  誰よりも早く、ミーティアがそう告げたからだ。  どういう意図があってか、そこから始まった妹に関連する質問に彼は「それは君が知っている」「答える必要はない」と、答えることを拒否し続けた。  質問側のミーティアもそれに気づいているのかいないのか、次々と回答されない質問を投げかける。  噛み合わない話とは、こんな感じの事を言うんだろう。 「そろそろ真面目に答えて欲しいんですけど」  さすがのミーティアも苦笑する。 「可愛い妹はいじめたくなるもんなのさ☆」  対するポニテ騎士。最低な兄貴だ。 「じゃあ……さっきモルドレッドさんは19歳だって言ってましたけど、妹さんとはどれくらい歳が離れてるんです?」  のらりくらりと即答していたポニテ騎士が返事を詰まらせた。 「それは……っ」 「いいんですよ、また拒否しちゃって」  満面の笑みでミーティアが言う。 「か、回答を拒……いや、7、……は、8年だ」  指を折って数えるような素振りも見せず、ポニテ騎士が視線を浮つかせながら呟いた。 「いじめたくなるほどかわいい妹なんですから、いつ冒険者に志願して、いつ受理されて初心者修練場に入場したかくらい覚えてますよね? あ、答えるのはどっちかでいいですよ?」 「そっ、それは……」  笑みを崩さず、さらりと訊ねる。さっきまでやかましく鳴いていたスズメのような鳥の鳴き声は聞こえなくなっていた。 「く……うぅ……」  上機嫌だった男はどこへいったのやら。ポニテ騎士の身体は小刻みに震えだし、呼吸も荒くなっている。 「か、回答を……拒否す」 「話を聞くと兄妹仲いいみたいですから、転職したときに一報くらい着ましたよね? 何月何日に転職したかくらい覚えてます?」  返答を待たず、ミーティアは次の質問を投げかける。どうでもいい身の上話を聞きだしていたのはこういう意図があったようだ。飽きるほど話した自分の身の上を元にした質問だから、ポニテ騎士も回答を拒否したくはないだろう。 「そ、それは君が……」 「調べれば私とモルドレッドさんが兄妹だって事くらいすぐ分かりますよね。ゴタゴタしてないで調べちゃいましょうよ。妹さんの名前、教えてくれますか? モルドレッドさんの口で、一字一句読み方も間違いなくはっきりと」 「こ、答える必要は」 「『コタエルヒツヨウハナイ』さん、ですね」 「ちっ、ちが……!」 「違うんならさっさと言えばいいじゃないですか。どうして言えないんですか? 名前が××××(放送禁止単語)だとか×××(自主規制)だからとかですか?」 「だ、だから……その」 「8歳違いって事は、妹さんが生まれたとき貴方は11歳だったって事ですよね。11歳で人の名前、ましてや兄妹の名前も覚えられなかったんですか?」 「そ……っ、家庭の事情があるんだ! そうだよ! 父が遠くの街で作った腹違いの子だから名前まで詳しく聞けなかったんだよ! そんな裏事情赤の他人にいちいち教えることかよ!?」 「目の前にいる女の子、誰だかわかってます?」  ようやく見つけ出した蜘蛛の糸だったが、彼の蜘蛛の糸はあっさりと断ち切られてしまった。 「わたしの事をいきなり妹って言い出したの、誰ですか? そおいう事情は包み隠さず共有する間柄じゃないんですか?」 「――――――――!!」  魚のように口をぱくぱくと開閉し、青ざめた顔からすごい量の汗を垂らしたポニテ騎士は、身動きもとれずに目線だけをあちこちに送っている。 「あと19歳だっていうから法律とかだいたい理解してると思いますけど、家族間であっても拉致・監禁は犯罪なんですよ? そこまで分かってました?」 「だ、だから……、それは、こいつから君を助けるために……」 「宿の自室に連れ込んで後ろ手で鍵閉めて、服脱がそうとしたりベッドの上に押し倒そうとしたりするのは『保護』の範疇に入ります?」  入ると思ったそこの貴方。エロ本の影響受けすぎですのでご注意ください。 「鍵を閉めたのはコイツが入ってこないように、……服は着替えさせようとして……押し倒すんじゃなくて、疲れてるだろうから寝かしつけようと……」  責められるポニテ騎士が段々可哀想になってきた。ほとんど嘘だったんだし、自業自得なんだけどな。 「そこまでだ。少し休憩にしよう」  窒息死しそうなポニテ騎士を救ったのは、ようやく復活したクラウスだった。 「お嬢さんも喋りっぱなしで疲れただろう。こっちもこっちで状況を整理したいしな」