「ぅん?」  目が覚めた。あれ、何で私今「起きた」? 「www起きた起きたwww」 「え?」  芝生の生えたその声が横から聞こえた。 「wwwテラずぶとすwww」 「仕方ないだろう。状況が状況だ」 「ん?」  声の方に目を向ければそこには椅子に座っている長い金髪の人と、壁に寄り掛かっている赤い逆 毛の人がいる。 「んん?」  どこだ、ここは。なんで私はここにいる?  私は未だはっきりしない頭を整理すべく、記憶を遡る。  今日は確かアサカと街に出て、別れて、雨が降ってきて……。 「………あ」  急激に湧いてくるその記憶、徐々に血の気が引いてくる。  あ、あ、あ、あ……。 「うぎゃーーーっ!?」 「うわ!?」 「wwwちょwww」  突然叫んだ私の声に驚く二人。いや、そんな事はどうでもいい。私はなんと言う事をしてしまっ たんだーーーっ!! 「ご、ごごごごごごめんなさいっ!!!」  そう、私はリトに泣きすがり、気がつけば寝ていたらしく、そして人のベッドを占領してしまっ たようだ。  よりによって怪我人のベッドを占領してしまったとは!! 「大丈夫、そんなに時間は経ってないよ」 「そういう問題じゃないよーーっ!!」  私はあわててベッドから飛び出す。 「わ、わ、私は怪我人になんという事を…!」 「だから気にしなくても構わない。明日にはここを出るつもりだから」 「え?」  出るっていう事はつまりは退院?  数度瞬きを繰り返し、穏やかな表情を浮かべているリトを私は見た。 「…………出る?」  低い声が横から聞こえた。その声に振り向けば異様な程神妙な顔をしたルカの姿。 「何を言ってる?まだあれから僅かしか経っていねーのに、出るってどー言う事だ?」 「どうもこうも、怪我は治っている。となるとここにいる意味は無いだろう?」 「嘘吐くな。  いくらあのハイプリーストの治療が確かであっても、下手すりゃ一生起き上がれねー大怪我だっ たんだぞ?」 「僕だって司教だ。自分の怪我の治療が出来ないわけじゃない」 「杖の補助も無し、満足な印も切れないその腕で何を言っている。  認めんぞ、俺は」  剣呑な空気の孕むその中で私はただおろおろと事の成り行きを見守るしかなかった。ここから立 ち去った方がいいのかと思うのだが、動く事すら憚れそうで居心地の悪い空気の中黙っているしか なかった。  ルカの言葉に押し黙り、暫し口を閉ざしたリトだったが、ややあって何かを振り払うように首を 振りルカを見つめなおす。 「戦いに行くわけでもないし、ルカに認めてもらわなくとも退院の手続きは済んでいる。  急ぎ確認しなきゃいけない事が出来たし、のんびりとしている余裕は無い」 「確認しなければいけない事?何だ、言え」  命令口調のその声にリトは僅かの沈黙を作り、再び口を開く。 「僕自身の問題であり、ギルドには関係は無い」 「リト。  それで俺が納得するとでも思うか?」 「納得なんてしなくても構わない。  終われば話すし、それまでは何も言う気は無い」  そう言うとリトはサイドテーブルの引き出しを開け何かを取り出し、それをルカに渡す。 「何度も言うけど、ギルドには関係の無い話だ。  だからこれは預けておく」  ギルドエンブレム。それは脱退を意味する事。 「つまりギルドマスターの権限は使えなくする、ちゅうー事か」  受け取ったそれを忌々しげに眺めて呟くように言うルカにリトは頷いた。 「…………。  そこまで意志が固いなら俺も認めざるを得ねーな……」 「ルカ」 「ただし!」  安堵の表情を浮かべるリトにルカは厳しい口調で言葉を続けた。 「動けるか否か試させてもらう。  もし、問題があるならギルドマスターとしてではなく、ノーザンフォール家の名においてプロン テラから出る事を禁じる。いいな?」  ルカはそれだけ言うと、もう何も聞く事は無いとばかりに部屋から出て行った。  ルカが出て行ったその扉を見ながら私は呆然とするしかなかった。  いまいち良くわからないのが現状で、自分の事すらおかしな事になっているのに、周りもおかし くなっている事に、完全に頭の中が思考を放棄してしまっている。  深いため息が聞こえ、そちらを見れば疲れ果てたようなリトの姿。 「……まさか、あのルカが家名持ち出してくるとは…」 「家名?」  呻くようなその呟きに尋ねてみれば、はっとした顔でリトはこちらを見た。 「……ごめん、君がいるのに変な話になって…。  大丈夫、ユーリの所為でも、もちろん君の所為でもない。  僕の詰が甘過ぎた所為だから」  その顔に出ているのは穏やかなそれ。でも、ほんの少し自嘲気味に見えるのは気のせいなんかじ ゃない。  さっきまであんなに恐れていた自分の事。泣いて、寝て、そしたら少し心に余裕が出来てしまっ ているのは、本来の私の性質。  だって私には相談できる人がいるじゃない。ちゃんと聞いてくれて、力になってくれるって言っ てくれて、それが嘘じゃない事はもちろん判ってて。  リトの言葉の端々には、追い詰められたような言葉が交えられているのは、私の気のせいじゃな いはずだ。  リトは、何を隠しているのか私は気になった。助けてあげるなんてそんな傲慢な事は言えないけ ど、ちょっとでも安心できる状況作れないかな。  困ったらお互い様ってあのまーちゃんも言ってたじゃない。 「あ、あのねリト。  ついさっきあんな事しちゃった手前ではあるけど、私でも力になれる事ってあると思うの。  そりゃ、全然ルカやリトみたいに出来ないけど、話すだけでも違うって、私それ知ってるから。  だから、なんか言ってよ」  私の言葉を聞いたリトは驚いたその顔で私を見る。 「……君に、ユーリの姿でそう言われると僕の立つ瀬が無くなるな」 「お兄ちゃんでも完璧な人なんていないでしょ。  …でもさ、私はなんも知らないから教えて欲しい事あるなーって」 「君は自分の事を考えていれば、それで良いのに」 「やだよーだ。いっくらお兄ちゃんでもそんな落ち込んだの見て、放置できるほど自己チューじゃ ないもん」  リトは小さく笑う。手に負えないと言うような困った笑みだ。 「差し当たっては、さっき言っていた『家名』とか教えてくれるとうれしーなー」  問う私にリトはため息をつく。さっきの悔恨に近いそれではなく、呆れたというような溜息。 「……そうだね。君も知っていた方が良いかもしれない」  そう言ってリトは話し出す。目線を窓の外に向け、淡々とした音をその口に乗せる。 「さっきルカが言っていた『ノーザンフォール家』と言うのは、ルカの生家なんだ。  代々続く騎士の家系で数々の叙勲も受けている。  当主はルカの父親、現在王国の将軍職についており、国王の信頼も厚く、政にも口添えが出来る。  だからその家名を持ち出す事は、国の命でもあるんだ」 「……うへぇ」  そんな立派な人には思えなかったのに…。実に世の中はわからない。  ……あれ?だけど、アサカは『将来を約束されているのに、全部捨てて』って言ってなかったっ け? 「だけどルカはこのギルドを立ち上げるに当たり、家の力は一切頼らなかった。ルカの功績はルカ 自身のもの。  ……だからはったりに近いものなんだ。あのルカの台詞は。  だけど、それを言われたら僕は従わなければいけない」 「なんで?」 「恩人なんだ。彼らは。裏切る事は出来ない」  そう言ってリトは寂しげに微笑んだ。  なんの恩人かは聞いても「今はまだ待って欲しい」と言うだけで聞くことは出来なかった。  ルカの言葉はリトを心配しての事だと言うのは良くわかる。  リトもそれを良くわかっているのに、何も言わないのはそれだけ重要な事なんだろうか。 「……出来ればちゃんと打ち明けて欲しいよね」  自分の胸に手を置いて私はそう呟く。  ユーリはきっと隠し事されたくなんか無いと思う。唯一の肉親だもの。殆ど家に帰らないお兄ち ゃんをどういう気持ちで待っていたんだろう。  相談してくれれば良いのに、と何度も思ったに違いない。 「……よし、決めた」  私は拳を握る。  元の世界に帰る前に全部調べてやろう。決して悪くない兄弟仲の溝を全部埋め尽くしてやる。  私はそう決めて、何も書かれていない白い紙にペンを滑らした。  青い空が見下ろすその場所で私はどうも釈然としない表情で通りを歩いていた。  昨日一昨日と来ていたアサカは今日は来ず、まあ恐らく昨日の言っていた公演の準備をしている のだろう。  昨日リトに言われたとおり、倉庫に行ってリトの装備を引っ張り出してきた。  Gvはやらなくても、対人装備は持っている。モンスターだって人型がいるんだから持っていて もおかしくない。  でもなんで対人装備?人型メインのマップにでも行くんだろうか。  疑問を頭の中で巡らせて私はリトがいるその療養所に向かって行った。  病室に顔を出せば、既にそこには長い金髪を後に一つ三つ編みにしてすぐに出れる格好をしたリ トの姿がある。 「言われたとおり持ってきたよ」 「有り難う」  挨拶もそこそこに装備品をリトに渡せば、彼はそれを身に纏う。  あ、そうそう。余談だけど、肩に掛けるものとかはともかくとして、装備品の服とかって所謂コ ートみたいな上着なんだよね。それを考えるとブリーフってどんなのか気にはなるけど、ブリーフ 穿いたリトははっきり言って想像できない。  オーディンの祝福とか、オルレアンの制服とかそれなりにあったんだけど、リトが望んだのはプ パ挿しのハードセイントローブ。杖だってファブル挿しサバイバルロッドだし、靴もベリット挿し のシューズで、HPを増強させるものを頼まれた。属性服じゃなくて良いの?と聞いたけど必要な いと言われ、さらに、ウールタイダルセットもあったのに、それを選ばずマフラーシューズと旧装 備を頼まれている。  本当に何処へ行く気なんだろうと首を傾げるばかりだ。  ルカが昨日言ってた試すって何をするんだろう?支援の腕を見たかったんだろうか。 「何処へ行くの?」 「プロンテラ内だよ。…そうだなユーリも来てくれると助かる」  装備を纏ったリトはなんだかハイプリっぽくない。  それもそのはずで、ゲームのアイテムグラフィックと違って、セイントローブと言っても、それ はプリーストの黒いコートみたいで見た目未転生プリだ。  何をするのかさっぱり判らない私は、何度も首を傾げながらリトの後をついていった。  喧騒が聞こえる。  でもそれは、商店街のようなにぎやかなそれじゃなくて、掛け声のようなそんな声。  リトに連れ立ってついていけば、随分と開けた場所が広がった。  …あ、旧剣士ギルド前だ。  そこでは案山子のようなものに剣を振ったり、木刀のようなもので対戦している人達が目に映る。 「…どこ、ここ?」  場所はもちろん知っているけど、なんでこんなふうになっているか判らない。 「訓練所だよ」  こちらをチラリと振り返り、リトはそう言う。 「戦う意思のある人達が自由に使う事の出来る訓練所。  元は剣士になるためのギルドがあったのだけど、受講者の数が増えたから、ギルド拡張する必要 があって、イズルードに移動したんだ。  それで、この跡地は自主訓練するための一般に開放された訓練所になっている」  簡単な説明をし、リトは再び歩き出す。  辺りを伺えば、剣士の女の子が男の騎士に手ほどきを受けてたり、見た目冒険者っぽくない人が 木刀片手に必死で案山子に打ちつけている。統一性は全く無くて、本当に自由に使っているようだ った。  リトはその一角、比較的人の少ないその場所で立ち止まる。そこには既に先客が居て、その姿に 私は驚いた。  白いコートを纏ったルカの姿。その手には訓練している人達が持つような如何にも切れなさそう な鉄の剣を持っている。 「連れて来たのか」 「君にわかってもらうには一番早いから」 「それもそうだ」  何の事?  ルカはただ一言そう言って、鈍く光るその剣を構える。  ……えっと…、え?何?ルカは何をする気? 「制限は?」 「バレねー程度に好きに使えば良い」 「判った」  リトはサバイバルロッドを軽く横に振るい、僅かにその口を動かす。淡い光がリトを包んで消え た。そんなに離れていないのに関わらず、何を言ったか聞き取れない。つまりスキルを使ったって 事なんだろうけど、「ブレッシング」とも「速度増加」とも言っていない。 「よし」  ルカは手に持っていた剣を両手で持ち直す。地面を踏みしめて気合を入れるように息を吐く。  ……もしかしてツーハンドクイッケン?  …え?戦うの?リトとルカが?  ちょっと待ってよ、ルカロードナイトだよ?リトハイプリーストだよ?二人が戦うって変じゃな い? 「な、何をやって…!?」 「いーから黙って見てろや」  疑問を口に出せばルカはそれを制する。口出しするなと言っているようだ。 「いつでも構わないよ」  バックラーを立て、サバイバルロッドを構えリトがそう言えば、ルカはそれに一つ頷いて地面を 蹴った。  ……なんと表現したら良いんだろう?  ルカがその両手に持った剣でリトを攻撃し、リトはその攻撃を捌く。  簡単に言えばそれで済むのだけど……、その、動きが早すぎる。  ツーハンドクイッケンを使ったルカの剣戟はそれはそれは素早く、立て続けに振るい金属が打ち つけられる固い音に区切れ目は無かった。  それをただ振るっているわけじゃなく、色々な角度から振り下ろされ、その度金属音と日に照り 返った銀光が舞う。それはまるで剣の舞。  対するリトはその剣戟をバックラーやサバイバルロッドを操り、ダメージを最小限に留める様そ の攻撃を流していた。  素早く避ける、と言うよりも攻撃を捌くと言った表現が合う。僅かに身体を反らせたり、杖を使 って剣を弾いたり。  ……えっと、リトってプリーストだよね…?まるで剣士みたいじゃない?  ただ防戦一方で攻撃する事は全く無いんだけど。  時折、バックラーで防いだ直後に杖を振り、聞き取れない音を発する。……って、直後に光る私 の身体。途端に軽くなる自分の身体。支援を受けたのだと理解するのにちょっとの時間が掛かった。  なんで、私に支援を?  黙っていろと言われた手前、口に出す事は出来ず、しかし、この状況で口出しなど出来る訳はな くその戦いぶりを見てるしかなかった。  ギン!  強い金属音が訓練所に響き、次の瞬間地面にリトが持っていたサバイバルロッドが突き刺さって いた。  ルカの剣がリトの杖を弾いた様だった。  喧騒に包まれていたはずの訓練所がしんと静まる。気がつけばあちらこちらで剣を振るっていた 人達が二人の戦いをじっと見ていたようだ。 「右腕の反応が鈍い。速度増加を数度ミスっている」  息一つ乱さないまま、剣をリトに突きつけてきつい口調で告げるルカ。  肩で息をするように汗をにじませ、多分痺れたのだろう右手を見ながら渋い顔をするリト。 「これじゃー認められねー」 「誰がこれで止めると言った?」  息を整えながら袖口で汗を拭って、手から離れた杖を拾いに行く。  歩きながらも右手を動かし、一声発すればリトを包む緑色の光。……んーと、ヒール? 「……す、すげぇ」 「なんだありゃあ…」  震える声は後から聞こえる。ギャラリーと化した人達が二人の様子に呻くような声を発していた。 「あの黒服ってプリーストだよな?なんであれ耐えれるんだよ?」 「白服のあの剣速見たか?ありえねーよ、ありゃあ…」  各々が思った言葉をその口に乗せる。  気持ちはよくわかる。本当にありえない。  腕を振るったその動きが避けれるわけも無いほど早いのに、どうして支援であるはずのプリース トがそれを受け切っているのか。  ……そこで私は気がついた。  私も知っていたんじゃないか?リトは前衛も出来るようなステータスで育てていたのだと。  前衛を張るというのは、つまりはこういう事なんだろう。  例えば後衛ペアの場合、こうして矢面に立って後衛を護る。  ルカを敵に、私を後衛と見立ててリトは戦っているのだろ。  こんな事をやっていたっていうの?  今までに見た戦いはこれで3度目だけど、今までのは殆ど一瞬で終わってしまっていた。  二人の打ち合いを見て、私はこれが本当の戦い方なのだと自分の足が震えるのを止める事が出来 ずにいた。  打ち合いはその後も続けられ正午の鐘が鳴る頃、流石に力尽きたのかリトは両膝をつき苦しそう に咳き込む。 「体力も落ちてるじゃねーか。これで認めろっちゅーのは無理な相談だな」  つまらなさそうに呟くルカは、持っていた剣を衝立に掛け、立ち去ろうと歩き出す。 「……、ま、まだ僕は…」 「俺は忙しーんだ。明日だ、明日。  そんなんでこっから出る事は許されん。  判ったな」  振り向かずにそれだけ言うと、ルカは訓練場を後にする。  リトは悔しそうに自分の腕を見つめ、私は何も言えずにただ立っていることしか出来なかった。 ----------------------------------------------------------------------------------------  ※勝手に解釈※ INT=神様の力をどれだけ引き出せるか。(所謂信仰心、とか)    =マジ系の場合は魔力とか、それ以外は精神力とか。INT=知識では無い VIT=体裁き。(攻撃を受けて流す) AGI=素早い動き。(フットワークとかで攻撃自体を『避ける』) スキル名(発動詞)は必ずしも言わなきゃいけない訳じゃなく、DEX極まれば手の動き(印を切 る)と発動音(明確な指示音。真言(トゥルーワード)みたいなもの)でスキルを使う時間を削る 事が可能。 服系装備品はカスタマイズ可能。限りなく本来の衣装に近い様仕立て直しが必要。使い回しが効か ないね☆ 因みに作中プパセイントは仕立て直ししてないから未転生状態。 転生職が一般解放されたところで訓練なんて色々面倒な事になるから。