激しい怒りを胸に、俺はラグナ、ノウンと三人で部屋に戻って行く。 「思い詰めるな、クラウス。ここはラグナさんに従おう。」 こちらの胸中を察したのだろう。ノウンが目を合わせ、wisを送って来る。 「そうだな。ミーティアを一番よく知ってるのはラグナだ。」 一瞬だけノウンを見やり、同じくwisで同意する。そして部屋に入り、席についた。 「で、結局黙秘貫かれたわけですか。ざまぁwwwwwwwwwwwww」 くっ、モルドレッドめ!奴の言葉が芝生に満ちているのが分かる。なぜだろうな。しかしこの嘲笑も、今は 甘んじて受けるしかない。激しい怒り…その矛先は、俺自身なのだから。  全く、俺はお人よしだぜ。ラグナに指摘されるまで、騎士団を疑おうとはしなかったんだからな。甘い。 甘過ぎる。この世界に来てすぐの頃、大聖堂のケイナさんと真剣で勝負してから、そんな甘さとは決別したんじゃ なかったのか?考えるほどに、自分が許せなくなってくる。 今や横柄だったクルセはすっかり「青菜に塩」、憮然とした商人の立場は悪いままだ。となれば、口を開くのは剣士 だった。 「それじゃあ、改めて聞きましょう。お嬢さん、お名前は?」 「えと…」 「うーん。モルドレッドさんの証言しか無い以上、それを認めるしかありませんね」 「貴女は彼の妹で、こっちのラグナから口に出せないほどの暴行を受けて(中略)その露見を防ぐ為に彼が部屋に侵入し……」 「え、えと」 見事だ、ノウン。強引なまでにミーティアを無視している。まるで俺の横柄さが乗り移ったみたいじゃないか。 「こちらの二方からの反論はなし。よって、モルドレッド氏の証言からラグナ氏の過去数回の暴行と誘拐拉致の容疑で…」 ミーティアの表情は、もはや狼狽を通り越している。固く握られ、震える拳に宿るは、見まがうことなき憤怒だった。 そろそろ頃合いだな。 「え、えーと、お嬢さん?」 しぼんだまま、今さらのようにミーティアに水を向けてみる。 「威張って脅かしてればなんでもボロ出してくれるなんてガキ大将同然の甘っちょろい考えしかないクラウスさんが何の用ですか?」 鋭い言葉に胸をえぐられ、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。うう、演出を見抜かれていたのか。俺は何のためにミーティアを 苦しめたんだ?自責の念が胸を焦がす。もはや、体を動かすことさえできず、その場に凍りつく。しかし、当然の報いだろう。まだ あどけなさを残す少女とて、俺は無意識のうちにミーティアを侮っていたのかも知れない。彼女は、そんな大根役者にトマトを投げ つけたというワケだ。 同じ一幕の劇だとすれば、ミーティアの見せた反撃こそ素晴らしいものだった。今度は、モルドレッドが萎れる番になる。人を小馬鹿に して、ふんぞり返っていた姿はどこにもない。今や、ラグナの目にさえ憐憫の情が浮かんでいるじゃないか。 ミーティアが容赦なく眼前の騎士を追い詰めている間に、俺はようやく少しだけ余裕を取り戻すことができた。ふとモルドレッドを見やって みれば、酸欠の金魚みたいになっているではないか。そのままミーティアに任せておいても解決しそうな流れになっているが、このままでは いけない。調書の上では被害者になっている身が、加害者そっちのけで縁者を責め立てている。聞き逃せない矛盾も浮き彫りになってきた。 ここはひとつ、間を置くべきだろう。 「そこまでだ。少し休憩にしよう。」 ふうっと息を吐き、続ける。 「お嬢さんも喋りっぱなしで疲れただろう。こっちもこっちで状況を整理したいしな。」 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 眉毛の一本も動かさずに、姿勢正しくログを筆記していたエミリーが、顔をしかめながら伸びをする。 そして衛兵の持ってきてくれた、新しいコーヒーがようやく各人の胃袋に収まった頃、聴取は再開された。 「モルドレッド殿、貴殿はよほど妹御を可愛がっておいでのようだな。妹御をからかい、反対にやり込められる様は実に微笑ましいものでしたぞ。」 語りかける俺の顔には、温かい笑みさえ浮かんでいただろう。 モルドレッドも微笑み返して来たが、どうにもぎこちない。俺はそのまま言葉を継いだ。 「しかし、そろそろ真面目になって頂けませんか。どうにも釈然としないことがありましてな。」 「はて、何でしょうか。」 こいつめ、あくまでシラを切るつもりか。ならばこちらも、追及の手を緩めまい。 「問われるままに、貴殿は過去を語って下さいましたな。光景が目に浮かぶようで、引き込まれるように聞き入ってしまいましたぞ。」 「はぁ、それがどうかしましたか?」 「ならばこそ、なおさら腑に落ちないのですよ。なぜ貴殿は、妹御について何も語られないのですか。」 「か、家庭の事情ならば、先ほど話したはずです。遠くで生まれた腹違いの妹ということで、俺に聞かされてきたことも少ない。クラウス殿も騎士の 端くれなら、貴族の私事を深く詮索するのは、お控え願いたい。」 顔を真っ蒼に染めながらも、モルドレッドは反撃してきた。それにしても、何たる言い草。取り調べを受けている身だろうが! 「やんごとなき御家の、複雑な事情というものですか。ふーむ…。そこまで言われるならば、無理には聞けませんな。後が恐そうだ。」 俺は身振りで大袈裟に怯えてみせるが、声にはハッキリとした蔑意がにじんでいた。それが気に障ったのか、モルドレッドも声を荒らげる。 「そうだ!そんな妹に会って、お互いをよく知り会おうとしたまでだ。そのどこが、腑に落ちないんだ?」 「いくら聞かされてきたことが少ないとはいえ、名前すら出てこないのはなぜでしょうか?」 怒る騎士を、冷静な剣士の声がさえぎった。 「フン。見ての通り、複雑な身の上さ。聞かされた妹の名前だって、信じられないんだ。妹だって、やっと探し当てたんだぞ。そこの商人が連れ回して くれたおかげで、えらく苦労したよ。」 「なるほど。では、お聞かせ願いたい。兄君であれば妹御を『宿の自室に連れ込んで後ろ手で鍵閉めて、服脱がそうとしたりベッドの上に押し倒そうと』 したのは、何ゆえでしょう。およそ兄が妹にする所業とは思えませんが。」 ふとミーティアを見れば、暗い顔でうつむいてしまっている。すまないな、ノウン。どうしても彼女に辛いことを思い出させなきゃいけないんだったら、 憎まれ役を買って出た俺こそが適任だろうに。 「そこの商人に、すでにひどいことをされないか、この目で確かめたかったんだ!訊ねても真実を聞かせてくれるかは、分からなかったからな。」 自分なら、妹にひどいことをしてもいいらしい。ここまで騎士の言い分を聞くと、ノウンもまた大袈裟に肩をすくめて見せた。 「そうですか。ならば、今度はラグナ殿にお尋ねしましょう。やんごと無き方々には、どうにも秘密が多いようなので。」 ノウンもまた、モルドレッドへの軽蔑を隠そうとはしなかった。ああ、だけどそこで俺に一瞥をくれるのは、勘弁して欲しいな…。我が身の愚かさは身にしみている。 「ラグナ殿、改めて伺います。そこのお嬢さんに『乱暴を働き、強制的に連れ回した』というのは本当でしょうか?」 「だ・か・ら!違うって言っているだろう。事実なのは、二人で一緒に旅をしていたことくらいだよ。それよりもノウン、なぜ本人に聞かないんだ?」 「もう調書は取ってありますからねぇ。証言したのは、他ならぬ彼女ですよ?」 「こっちこそ知りたいね。その証言が、信頼に値するのか。そもそも、その調書を作ったのは誰だ?俺に言わせれば、彼女が本当にそう証言したってのが 信じられないんだ。まず、そこを明らかにしてもらいたい。」 「貴様!騎士団のそ…」 捜査を疑う気か、とモルドレッドは言いたかったらしいが、それこそ皆まで言わせるワケにはいかない。俺は手で彼を制する。 今や、誰の目もミーティアに注がれていた。