「ええ、言いましたよ」  いつも人の後ろに隠れる、少々のことでも物怖じする娘だ。  たまに間違った慣用句言い出すし、よく転ぶし、すぐ泣く。目が離せないとはこのことだ。  だが、一度「これだ」と思った事は絶対曲げず、どんな圧力にも屈しない強情な面もあることを俺は知ってる。記憶力の高さも認める。戦闘のセンスもかなりのもんだ。  ぶっちゃけた話、俺が今この世界で信頼できるのは、こいつだけだと思っている。  だから、俺は驚かなかった。 「その調書、今ここにありますか?」  今度こそ勝ったといわんばかりに口元を緩ませたポニテ騎士を尻目に、言われるがままノウンが並べた書類の中から一枚の紙切れを取り出した。 「あ、それじゃないです」  その紙を彼が手に取った瞬間、ミーティアがつぶやいた。 「え? 僕らの手元にはこれしかありませんよ?」 「他にあるはずです。ちゃんと探してください」  そう言われ、慌てて山のようにある書類をシャッフルしたり裏返したり封筒をひっくり返してみたりするのだが、それらしい書類は全く出てこない。あるのは、ノウンが手に取ったその調書だけ。 「やっぱりこれしかありませんよ」  ミーティアは首を大きく横に振る。 「わたしがさっき言ったことの調書はそれじゃないんです」 「どうしてそれが分かるんですか?」 「さっきの調書には裏に「一般聴取用B4」って印刷がされてました。でも、それに書いてあるのは「B4-0000148D」です。紙からして違うんです」  確かに、そんな文字列がヘッダー部分に小さく印刷されている。っていうか、普通そんな所まで見ない。 「それに、バインダー用の穴の数も全然違います。紙の色もさっきのは若干日焼けしてましたけど、それは真っ白ですよね? だから、わたしの調書はそれじゃないです」  恐ろしい観察力だ。 「転写したんですよ。内容に相違はありません」  その調書にどんなことが書かれているかは、対面しているノウン達にしか分からない。 「本当ですか? コピーしたって言う原本をノウンさんは見たんですか? 本当にその調書にわたしの証言が書かれているか調べたんですか?」 「それは……」  事務的に反論し続けていたノウンだったが、早くもKOされてしまったようだ。弁護士でもないただの素人なんだから、そこまで確認しようとは思ってもいなかっただろう。というか、ノウンまでいじめてどうするんだみー坊。  「じゃあ、さっきの調書全部言いますから、違うところを直してください」 「へっ?」 「『本証書は、男騎士(匿名、以下A)による女商人(匿名、以下B)に対する容疑に関するBの証言をまとめたものである。 記 ・AはBに対し、ミッドガッツ暦●年○月10日13時25分から同日16時08分までの追跡行為、ならびにAの宿泊していた宿泊施設ネンカラスへの強制連行、308号室への監禁および強制猥褻未遂を働いている。 ・Bの激しい抵抗にあい、同時にBのパーティーメンバーであり同行者でもある男商人(匿名、以下C)の室内への侵入あって前項の強制猥褻行為は未遂に終わっている。 ・数分の口論の後、AがBとの血縁を突然言い出した。まるでその場で思いついたような言い方であった。 ・CからBへ日常的な暴力があったとしてAが騎士団に通報した。 ・前項のCからBへの日常的な暴力に関する事例はすべてAの妄言である。 ・前項の追跡行為、および強制連行と暴行未遂によりBは精神的なダメージを被っている。 ・AとBに血縁関係、ならびに面識は無い。 ・Aの語る特徴と、Bのもつ特徴は大きな相違点がある。  以上をBの証言としてここに記すものとする。 」  チラ見した程度の書類丸暗記とか、記憶力良すぎですよお嬢さん。 「これ、全っ然違いますねぇ」  思わず聞き入っていたノウンが、眉を顰めながらぽつりと呟いた。  訝しげにエイミーとクラウスが後ろから覗き込み、同じようにしかめっ面を作る。  どうやら、書かれている内容が全く違っているらしい。 「……………………………あ」  重苦しい沈黙を打ち破ったのは、言い切ってからため息をついたミーティアだった。 「ラグナさん、今日って○月11日ですよね?」 「おう、11日だ」  とりあえず答えておく。 「●年ですよね????」 「それは俺知らない」  だってこっちに着てから1年も経ってないし。西暦なら分かるがミッドガッツ王国の暦なんて知らない。 「えと、その調書の日付、いつです?」 「んっと、□ね……」  読み上げたノウンが停止した。遅れて日付の欄を確認したクラウスとエイミーが同じように硬直する。 「す、すみませんっ! すぐ持ってきますっ!」  まあなんというか。手作業だから仕方ないとはいえ、数年も前の古いやつを昨日起きたばかりの事件と同じデスクに並べるのはどうなんだか。