カツン。  気まずさの漂う部屋に、打ち合わせたカカトの音が響く。ミーティアを最初に聴取した騎士は、敬礼とともに 持ち場へ戻って行った。デスクの上には、彼が持って来た調書がある。それを見て、俺はノウンと目を丸くしていた。 その外見的な特徴は、ミーティアの記憶と寸分違わないじゃないか。 エイミーを見やれば、やはり恥ずかしそうにしている。無理もない。どうして数年前の調書が、捜査書類の中に 混ざっているんだ。しかも本件の調書として扱われているじゃないか。書類の管理、ひいては捜査の進め方がとても ズサンだ。これほど重大なミスなら、やらかした本人でなくとも恥ずかしくなるってもんだろう。  しかし、これは笑って水に流せるような間違いではなかった。整理棚の奥にしまってあるような古い資料が、単純な 不注意くらいで最新の資料に混ざってしまうものなのか?そう、これは「ミス」と呼ぶにはあまりにも恣意的だった。 背景に大いなる悪意が見て取れる。捜査が間違った前提で進むことで、得する奴がいるのだ。その結果、笑っている のは誰だ?誰に不利益が及ぼうとしている?エイミーとしては、恥じ入るしかないだろう。どうやら不祥事を起こした のは身内の者で、しかもその隠ぺいに手を貸す奴がいるようだ。さらにそいつらは、罪なき人に濡れ衣を着せようと している。そう疑わざるを得ない状況だったのだから。  さあ、硬直している場合じゃないぞ。俺は気を取り直すと、押し殺した声で疑惑のポニテ騎士に問いかけた。 「さて、モルドレッド殿。新たな事実が浮かび上がって来ましたな。罪に問われているのは、貴殿のようだが。」 「その調書こそ、本物かどうか疑わしいじゃないか!聴取されたはずの妹の署名もないんだぞ。」 「黙秘しましたから♪」 ミーティアは可愛らしい笑顔でそう言うと、モルドレッドに舌を見せた。 「どうして、そんなことをしたんです?貴女の立場が悪くなるじゃないですか。」 ノウンは、ミーティアの真意を量りかねて困り顔だ。 「だってー。ノウンさんだってモンスターを前に、素手で立ち向かおうとはしないでしょ?」 「ますます、言っていることが分かりませんよ。」 「名前を名乗らないことが、武器になるんです。だってそこの騎士さん、お仲間に言ったんですよ?私、その人の 妹なんですって!笑っちゃうわ。私にあんなことしておいて。ラグナをこんな目に遭わせといて!」 「つまりモルドレッド殿の言い分を崩せば、ラグナ殿の無実は証明される。そのために貴女は名前を明かさなかった。 間違いありませんか?」 「そーでーす。やっと分かってもらえたのね。」 一瞬ムっとしながらも、事件解決の糸口をつかんだノウンの顔がほころぶ。 「では、今なら名乗ってもらえますか?」 「えー、それじゃつまんなーい。」 怪訝そうなノウンを尻目に、ミーティアの笑顔はいよいよイタズラっぽい。 「どうせなら、ラグナに当ててもらいましょう?ねっ。」 彼女はラグナにウインクして見せた。その仕草も可愛らしい…なぜだ。急に爆弾の一つも用意したくなってきたぞ。 「ああ。いいとも、ミーティア!」 最も信頼するパートナーに、これまたイタズラっぽい笑みを返しつつ、ノウンは確かにそう言った。 「衛兵!商人ギルドに向い、ただちに事実確認して来なさい!彼女の顔写真は、取ってあるわね?」 エイミーの鋭い声が響き、ドアの外で厩舎へ駆け出す衛兵の慌ただしい足音が聞こえてきた。 ああ、ミーティアの笑顔から目を離すのは惜しいけど、そろそろポニテ騎士の様子にも目を向けてみなくちゃ。 うわ、見るに堪えないな。モルドレッドの顔は、紙のように蒼白になっていた。 しかし、ここで手心を加えるワケにはいくもんか。俺に芝生だらけの嘲笑を浴びせた報い、受けてもらおう。 「おやおや…。奇妙ですなぁ。実に、奇妙だ。ミーティアさんのお名前を知っていたのは妹を慈しむ兄ではなく、 非道にも兄妹を引き裂き、少女を意のままに連れ回していた商人だったということですか?」 「フン、どうせ妹を脅迫して聞き出したに決まっている。」 「脅されたら、本当の名前なんて言いませんよー。」 相変わらず、ミーティアの口は減らない。実に小気味よし。 モルドレッドにとっては実に間の悪いことに、ここで衛兵が商人ギルドから戻って来た。早いな。カプラさんの手助け でも借りたんだろう。 「エイミー様、間違いありません。彼女は商人ギルドの正式な一員、ミーティア殿であります!」 「ご苦労!下がって休め。」 エイミーは衛兵から証明書の写しを受け取ると、捜査書類に加えてデスクに置いた。衛兵はバネじかけの人形みたいに ピーンと敬礼して、部屋を去った。笑顔のミーティアと目が合って眉毛の一本も動かさないとは…プロよのう、おぬし。 そして俺は、さも困ったような顔を作ってモルドレッドに向き直った。 「さてさて…wisの一つでも受け取れば済むものを、今まで妹御の名を明かしてもらえなかった貴殿。そしてミーティア殿が 安心して、自分の名前を言い当てるに任せたラグナ殿。どちらの言い分を信じるべきでしょうなあ。」 「……!……!」 もはやポニテ騎士モルドレッドは、言い訳を言葉にすることさえできないでいた。 「ああ、これで捜査は最初からやり直しになってしまいましたな。いったい、真実はどこにあるのやら。」 俺は右の手の平で顔を覆い、うつむいて嘆息する。白々しいったらありゃしない。だが、その分だけ挑発的だ。 「考えるまでもありませんよぉ。事実だったら、最初に全部聞いてもらいましたもの。」 ふと手の平をどけてみると、すぐ近くに俺を見上げるミーティアの顔があった。嬉しいけどな、そういう可愛らしい顔はラグナ の奴にでも取っておけって。 「えーと、ミーティアさん。この調書、完成させてもらえませんか?」 「はーい♪」 振り向いたミーティアの視線の先には、笑顔のノウンがペンと調書を持って立っていた。 彼女の手で書類が完成するのを見届けると、俺は真顔でモルドレッドに向き直った。 「後は、貴殿次第となりましたな。罪を認められますか?」 モルドレッドは無言のまま、崩れるようにうなずいた。