「…あ、あの…」 「あんたすげーーーっ!」 「さっきどうやって魔法使ったんだ!?」  ルカが立ち去り、無言で座り込んでるリトに恐る恐る声を掛けようとしたその矢先、私を押し退 けるかのように捲くし立てるギャラリーの方。今!どーんって弾かれたっ!  その勢いの良さは気の沈んでいるリトを圧倒するようなもので、目を瞬かせ困ったような表情を 浮かべている。  リトはそれに答える事は無いのだが、お構い無しの質問攻めに辟易したらしく、苦笑を貼り付け たその顔で私の姿を見止め腕を掴み、逆の手は空を切る。  地面に描かれる光の円。それが何か理解する前に私はそこに放り込まれていた。 「……ぽ、た…?」  気が付けば知らない場所。いや、プロンテラ内なのは間違いないけど。  驚いたー。初ポタだ。どこだここは。 「ごめんね」  声に振り向けばリトが居て、被っていた羽ベレーを取り、その代わりに丸い帽子を頭に乗せる。  あれ知ってる。  前に気合で作ったハイレベル丸い帽子。グラフィックが好きだったので散々買いあさり、必死に 作った代物だ。 「驚いた?」 「うん」  先ほどの謝罪は何を指しているかは判らないけど、そう尋ねられればそう答える。 「凄かった。…………それと、怖かった」 「…そう」  ルカとの打ち合い。ルカの持っていたものは切れない剣。本当の戦いはあんななまくらなんかじ ゃない。 「いつも、あんな?」 「時々、だね」 「……ごめんなさい」 「なんで、君が謝るの?」  リトを『そういう風に育てた』のは私だった。こんな事になるとは思わないから。ゲームでダメ ージ食らっているのに、私は全然痛くないし、ヒールで回復すれば直ぐに治るから、そんなこと何 も考えてなくて……。  被弾の多いキャラ。耐える為のステ、『他人』を守るためのステ。それが私の作ったハイプリー ストのリト。  いつもどれだけ怪我してくるんだろう。そう思うと罪悪感が湧き上がる。目頭が熱くなって、じ わりと涙が浮いた。 「…え、なんで!?」  その様子に戸惑うリト。 「何か、泣かすようなマネ…した…?」 「変わらぬ朴念仁振りじゃのう」  リトの困ったその呟きに乗せるように、いきなり声が上から降ってきた。その声にぎちりと固ま るリトと知らないその声に上を向く私。  階段があり、その踊り場から身を乗り出した女性。逆光になって顔が良く見えない。長い髪が風 に揺れ太陽の光にキラキラと輝く。 「久しぶりじゃのう?」 「……な、何故ここに…」  こつこつと階段を下りながら、その女性は長い髪を掻き揚げる。その女性はどこかで見たような 容姿の美しい女性で濃い茶色のタイトのワンピースを着ていた。リトはその人の事を知っているよ うではあるが、なぜかその声は震えている。 「おかしな事を言う。ここはギルドの集会所じゃぞ?  報告書を持ってくる以上、ここ以外何処へゆく?」  ころころと鈴の音が鳴ったようなその声で女性は笑い、私達のすぐ傍までやってきた。 「……随分、早い帰還ですが?」 「ほほほ、どこぞのハイプリーストが大怪我を負ったと聞いてな、一大事じゃと駆けつけたわけじ ゃが…」 「いりません。無事です。早急にリヒタルゼンへお戻り下さい。ポータルならあります」 「なんじゃ、やぶからぼうに。わらわが心より心配しやって来たと申すに…」 「何をもってそれを言いますか。貴女が今までしてきた事を胸に手を当ててお考え下さい」 「わらわのこの豊かな胸に聞けと。ふむ、特に思い当たらぬが?」 「…………」  二人のやり取りに私は思わずぽかんと眺めていた。この女性は知り合い…と言うかこのギルドの メンバーなのだろう。  だけど、物腰穏やかなあのリトが突き放したような、拒んでいるような口調なのが意外だ。 「…ほう」  その女性がふと目を細めて私を見た。値踏みするような視線に居心地が悪い。 「おんしが『OS』の者じゃな?」 「………そ、そうだけど…」 「ふむ」  その女性はそのまま私の直ぐ傍までやってきて、じっと顔を覗き込む。鼻先掠めるくらいの本当 に間近、身動きもとれずに身体は緊張する。  ややあって女性は身体を離した。 「なるほど、のぅ。これが『OS』か。初めて見たわ。全くもって面白い」 「な、なにが…」 「ふむ、気にするでない」  くく、と喉を鳴らすように洩れた笑い声はまるで何かを企むような響きがあって、なんとも面白 くない。不満そうな顔を女性に向ければその視線など全く気にしないようにリトに向けていた。 「行けばよかろう」 「え?」  唐突に紡がれた主語の無い言葉にリトが聞き返す。 「見た所、確かにルカが止めるのも判る状態ではあるがのう、切迫しているのが実状じゃろう?  気にするでない、おんしのやるべき事を果たせばよかろう」 「…な、何を言って…、出来るわけが……」 「ギルドを一時とはいえ抜けるのは、それ相応の覚悟があっての事だと見受けるがの。  おんしの覚悟は、他者に禁じられれば出来なくなるほど軽いものかえ?」 「そんな事は…でも…」  女性の言葉に口ごもるリト。 「…ふむ、大義名分が必要じゃな。あいわかった」  そう言うと女性は私に向かって人差し指でクルリと円を描き、再び近寄った。 「これよりわらわは誘拐犯となろう」 「へ!?」  そう言うが早いか、女性は事もあろうか私の身体をひょいと持ち上げたではないか。ぐるんと視 界がいきなり横になる。  困惑する私。見た目にも華奢なこの女性が、男性平均値(だと思われる)のこの身体を事も無げ に持ち上げたのは信じられない。そして信じられない事に彼女はその私を抱えたまま、脱兎の如く 走り出した。 「ちょ、ええええぇぇぇぇえええっ!!?」 「ゆ、ユーリっ!!?」  連れ去られる私に慌てて走り出すリト。 「ほほほほほほほほほほ。さあわらわを捕まえてみせよ」  女性は高笑いを交えつつプロンテラの町を疾走した。 「ほれほれ、道を開けよ。邪魔するでないぞ」  軽やかな足取りでプロンテラを駆ける女性。気が付けばその頭には華やかな羽の飾りが見える。 ペコペコのヘアバンドか。  異様なものを見るかのような町の人々の視線が痛い。目の前に何も立ちはだかるものが無いのは、 この奇妙な逃走劇に関わりたくないと言う現われなのか。  いやーーーっ!めっちゃはずかしーーーっ!!  通りを過ぎて門が見え、その異常事態に流石の門番がその道を遮った。 「止まれ!」  牽制の常套句を紡ぎながら厳つい門番は壁のように身体を固定する。しかし女性は動きを止める 事無く高らかとその澄んだ声色を発した。 「そこな門兵、邪魔するでない。わらわを誰だと思うておる?  上に申告されたくば即刻道を開けい」 「…え!?あ、失礼致しました!」  走りながら不敵な笑みを浮かべる女性は私を抱えていない腕で門番に指を突きつけ、そして素直 に道を開ける門番の方。それで良いのか!?プロンテラ衛兵!!…てか、なんと言う女王気質だ、 この人は。  敬礼を絶やさない衛兵を横切って門を過ぎれば広い草原に出る。プロ南。今日も今日とて臨時広 場は大賑わいだ。お陰で何や何やと視線が集まるのは当然の摂理。  …もう、勘弁してよー……。 「さて、この辺でよいじゃろう」  そこでようやく女性は足を止め、私を地面に下ろした。 「…な、なんでこんな事に……」  確かに私の心は女だが、身体は男だ。こう言う言い方はオカマくさいがあえて気にしない方向で 行こう。そんな私が見た目も華奢なこの女性に軽々持ち上げられ、攫われると言うのはどういうこ とだと頭を抱えたくなる。というか、既に抱えている。  ……こんな細腕で、どうやって…。  そんな思いを込めて女性を見つめれば、女性はその視線の意味を汲み取ったのだろう、ふっと口 元に笑みを浮かべた。 「うむ、重力魔法の応用じゃ。便利なものでな」 「……グラビテーションフィールド…!?」  重力魔法…、そんな魔法と言ったらそれしかない。そんな効果があるとは思えないけど、それ以 外に何があるというのだろう。  しかしそうなるとこの女性はハイウィザードという事になる。リトと同ギルド、見覚えのある長 い金髪。つまりはそれは…。 「ほう、発動詞を知っているとは流石だの。一応秘術と言う事で門外不出のはずじゃが…。  ……と、名乗るのが遅れたかの。とは言っても気が付いておろうが。  わらわはシェシィ。我がギルド『4畳半マイルーム』のハイウィザード。アサカの妹じゃ」  女性…シェシィは変わらないその笑みで私に名乗る。そして目線を門の方に走らせると、軽く一 息ついた。 「さて、あやつが来るまでやや時間はあるのう。  ……のう、おんし。おんしはここに何のために来たのじゃ?」 「え…?」  シェシィの問いかけに私は彼女を見る。  知らない、そんなの。判らない、そんな事言われても。 「わらわはおんしの様な者を見たのは初めてじゃが、何の意味も無くこの地に訪れるのは些か不自 然じゃ。何か意味はあろう」 「…意味なんて…あるの…?」 「それはわらわにも判らぬ。  だがのう、おんしの中に不可思議な魔力の渦が取り巻いているようでの。  何か意味があるじゃろうと、思うのじゃが。  まだそれが判らぬのなら道を見つけよ。  模索せよ。  さすれば何か光明は見えよう。  おんしにはおんしにしか出来ぬ事もあるじゃろうて」 「……私にしか、出来ない事……?」 「うむ。まずは見ることが先決かの。  あやつについて行くが良い。何か判るかもしれぬ。……恐らく、な」  シェシィは顎で門の方を促した。そこには壁に手をつきながらよたよたと疲労色ありまくるリト の姿があった。……さっきまでルカと打ち合いした直後の全力疾走、だったよね……。なんかいた たまれなくなってきた……。 「……あ、あなた、は…、何をやっているの、ですか…」  ふらふらと覚束無い足取りで息も絶え絶えのリトは、恨みがましそうにシェシィを見る。 「ほほほほ、言ったであろう?誘拐犯となる、とな。  しかし酷い有様よの。そこまで必死にならぬとも良かろうに」 「……な、なにを、言って、ますか。  あなたの、今までの事を、考えれば必死にも、なります」 「なんじゃ。まるでわらわを鬼かのように申すのう。  おんしはわらわを信用せんと申すか?  おんしの弟を取って食いなどせぬわ。安心せよ」 「………そう言って、何度僕を騙しましたか……?」 「ほほほほ、そう言う事もあろうて」  シェシィはさも可笑しそうに笑い出す。そして、その顔も徐々に底意地の悪い笑みへと変わって いくのを私は遠巻きながら気が付いた。 「ところで。  のう、リトよ。  ここは何処かえ?」 「…え?」  そう言ってリトは辺りを伺い、その顔が青褪めていくのも私は気が付いた。 「プロンテラ、出てしもうたのう?」 「あ、あ、貴方という人は……!」  リトは地面に手を付き項垂れる。なんだか可哀想になってきた…。 「しかしこうでもせんと、おんしは外に出る事もままならぬじゃろうて。  安心せい。ルカにはきちんと報告してしんぜようぞ?」 「本当に、あなたはいつもいつも…。  いい加減にしてもらいたいものです」 「おんしのような常時生真面目な輩をからかわずしてなんとする。  まあ良い。おんしに渡すものがあるのじゃが。  ほれ、受け取るが良い」  そう言うとシェシィは胸元に手をやって、なぜかそこ(谷間)から小さな紙を取り出した。  つーか、何処にしまってますかあんたは!?  当然の如く、リトはその場で硬直し、私もあまりな展開にぽかんと口を開けるしかなかった。 「どうした。まだ暖かきうちに受け取るが良かろう?」 「か、か、か…、からかうのも、大概にしてくださいっ!!」  リトの悲痛な叫びに私は涙を禁じえなかった。  シェシィから受け取ったそれはイズルード発の飛空挺のチケットだった。それが2枚。  それは私とリトの分だと言った。いつの間に用意していたのか、それともそれを予測していたの か、彼女の行動は常に先を見越すような物だった。 「さて、わらわは姉の公演でも見に行ってくるかの。  ……楽しみじゃ」  チケットを渡したシェシィの声色は実に楽しそうで、表情はその口調とは違い年相応の女の子の ような色合いだ。  シェシィが立ち去る後姿を私は何とも無しに眺める。 「うちのメンバーが迷惑かけてごめん」  その私にリトが声を掛けてくる。振り返って私は首を振った。 「…驚いただけだから。  リトも大変そうだね」 「……うん、まあ…」  歯切れの悪いその言葉に今まで一体何があったのか想像に難くない。苦労しているのだろう、色 々と。 「でも、大丈夫?  ルカが言っていたこと」 「シェシィさんが係わったとなれば、苦い顔をして頷くだろう」 「……うん、すごかったね、あれは」  あの行動振りは凄まじい勢いだった。躊躇も何も無い。 「……でも、何故ユーリを」  その口調は連れて行きたくないと言う響きがある。教えたくない事があるのだろう。それは私に もわかる。  でも意味も無くすごすのよりも、少しでも自分の見聞を広めろとシェシィにも言われたし、私も それを知りたい。ユーリだってそれを望んでいるはずだ。 「私は足手まといにしかならないのは判るけど…、出来ればいろいろ教えて欲しい。  だってこのままじゃいけないと思うし、リトだってユーリをこのままにしちゃいけないって思っ てるでしょ?」 「君はそんな事考えなくても…」 「ダメだよ。だって私の事だから。黙って待ってるなんてそんなの嫌だよ。  お願い、連れてってよ。  リトが何をしたいのか、私も知りたい。必要な事だってそんな気がするから」 「ユーリ…」  意味もわからず襲われて、意味もわからず動かされて。そのままでいるのは凄く嫌だった。  私に出来る事はほんの僅かだけど、だけどそれも人任せにはしたくなかった。  私の懇願にリトはしばらく悩んで…。 「……危険な事に巻き込まれるかもしれないのに?」 「戦いに行くわけじゃない。  そう言ったのはリトだよ?」  私の言葉にため息を吐く。諦めに近いその色は折れた、と言うような響き。 「……判った。  でも、このままじゃダメだから、支度をしないとね。  一旦、家に戻ろう」  リトの言葉に私は顔をほころばせて頷く。 「なるべく早く出ないと。このチケットも期限が今日…まで………?」  チケットに目を落としたリトはその場で固まる。期限が短い為か、その表情は不可解なものを見 るような引き攣った顔。 「今日までだったら急がないと…」  促す私に、リトはゆるゆると首を振った。 「………あ、あの人は…っ、どこまで……!」  わなわな震えるリトの手から零れ落ちたチケットを拾い上げ、それを見る私。  『イズルード発ラヘル行 ○月○日まで』  そう書かれたチケットの下には性別を示す欄があって。  そこにはしっかりと女性と書かれた場所に丸印が刻印されていたのだった。