ルーシエ_ゲフェニア 前編 ********************************************************  気付けば一人高台の上に立っていた。  辺りを見回す。太陽もないのに昼間のように明るいその空間。差す光の光源は分からず、ひたすらに広い空間はここが地上なのか 洞窟のような閉鎖空間なのかも判断がつかない。  そして明るいのに重苦しい空気がのしかかる。これが瘴気というものだろうか。  立っている場所は切立った崖の上。少し先にはつり橋が見える。  ――ゲフェニア遺跡。  ミッドガル大陸においてゲフェンタワーによって封印されている魔界。  魔王の嘆きにより開かれる扉の上で、不覚にも私は休憩を取っていたのだ。  ゲーム上では十分に意識していたとはいえ、こちらではゲフェニアの話も聞かないのですっかり記憶の片隅だった。  扉が開いたというアナウンスも滞在してから聞いた覚えがなかったし、何より視点が違うのが大きい。場所を勘違いしていたのだから。   『ママ…どこ…?』  PTのwisで我に返る。近くにレナの姿はない。どうやら別々の場所に飛ばされてしまったらしい。  ゲフェニアに入ると前はランダムで到着していたが、ラヘルパッチ後は入口を開いたときに4マップの1つがランダムで選ばれて、その 入口が開いている間に入ったキャラは全員そこに到着するようになったと聞いていたが、そんなものはあっちの仕様で、こちらでは以 前と変わらずの状態だったらしい。 『レナ!大丈夫?!』  私は慌ててwisを返した。到着地点に敵が居ないとも限らない。 『うん。でも…ここどこ?』 『ゲフェニアに飛ばされたようね…。レナ、蝶の羽は持ってる?』  レナとはぐれた以上、送球に町に戻ってもらう必要があった。まだレベルの低いレナではフェイクエンジェルですら死が見えかねない。 AGI型だと、避けるにはFLEEが足りないはず。装備もあまり揃っていなかった覚えがある。  最も、ここで支援抜きにまともに避けれるのはシーフ系くらいだと思うが。 『…持ってない。』  少し間を置いて、最悪の答えが返ってきた。  一緒に行動していたので基本私にポータルがあったせいだろう。狩りに出かけるわけでもなかったので蝶の羽根は必要なかった。  半分は予想していたとはいえ、絶望的な答えに頭を抱える。  手元には先ほどカプラさんに貰った倉庫に預けている品物のリスト。ジュースを取り出すときについでに貰っていたのだがそのリスト に魔王の嘆きは入っていない。  サインクエストは2回行い、サインは2個あるが私自身、ステータス的にゲフェニアに行くことが稀だったのでサブキャラに持たせてい た覚えがある。最も、2個のうち1個は矢作成に使ったわけですが。  こちらに来たときはギルドは未所属。それでも誰か知り合いに繋がらないかとwisをしてみるが、粗方繋がりはしなかった。  何とか数人にwisが繋がったのだが、『あんた誰だ?』と一蹴されてしまう。  そういえばwisは狩り中は拒否にするのが普通らしい。狩り中にwisが来て集中力が切れると危険だからだという。  眠っている場合はそもそもゲームで言うログアウト状態になるらしいので届きやしない。  それならばと、自分のサブキャラにwisをする。あわよくばアイツのサブキャラのように兄弟関係なのかもしれない。  クラウスのように他人だったらアウトだが。  …結果、アウトでした。  助けを呼ぶのも絶望的になってきた。それならば自分で行った方が確実らしい。  迷ったが自分が向かうしかない。 『レナ、いい?よく聞いて。ここは危険な場所だから絶対にそこを動かないで。扉を開けた人がいるはずだから、もしかしたらその人が 来るかもしれない。そのときは事情を説明して街まで戻してもらって。私も今からそっちに向かうけど、冒険者以外の人についていっ ちゃ駄目だからね。インキュバスやサキュバスって人の姿をした魔物もいるから…。』 『うん…分かった。』  死に戻り…は多分できるんだろうけどレナに「死ぬほど怖い思い」はさせたくない。  私は深呼吸をした。瘴気が肺に入って少し息苦しいが今はそれどころじゃない。覚悟を決めると地図を広げ、今居る場所を確認する。  …今はそれどころじゃない。じゃないけど…居る位置によって勝手に書き換わる地図ってどんな高性能GPSだよ・・・。  私は自己支援をかけるとテレポートを唱え、一呼吸置いてその場から消失した。 ******************************************************** 「うっひゃぁっ!」  私は全力で走っていた。そりゃもう全力で。  話は数分遡る。  レナの位置は地図上にPTバッジの位置を表示してくれる機能のお陰で見つけ出すことが出来た。だからこれなんて高性能GPえ(ry  同じフィールドに出た私はレナにもう「すぐ着くから、動かないでね。」とwisを送り、泣きそうなレナの声を振り切って再度テレポによる 移動を開始する。まじめな装備ならチキン狩りでソロできるとはいえ、今はろくな装備を持ってきていない。  戦闘はしないに越したことはなかった。  と、そこで悲劇は起きる。  数度目のテレポの着地点。そこは深遠の馬の上だったわけですよ旦那。  まるで白馬に乗った王子様に抱かれて乗馬してる姫のような格好。  恐る恐る顔を見たとき深遠とばっちり目があってしばらく硬直したわ。うん。  我に返ってテレポしようとしたんだけど深淵と一緒に居たフェイクエンジェルに沈黙させられてしまいまして…。  振り落とされたと同時に猛ダッシュ。声が出るのにスキルが使えない。  どうも声を出せなくするんじゃなくて、スキルを使おうとするときに流れる魔力を妨害されるような仕組みなんだろうね。  なんでこんなときに限ってRじゃない上に緑ポすら持ってないんだよ自分。  で、現在に至るわけで。  沈黙はまだ解けない。さすが低VIT。 「なんとか・・・はぁ・・振り切った・・・はぁ・・・かな?」  肩で息をしながら振り返る。なんとか巻いたらしい。  で、ここどこだ。      逃げる途中で少し樹が密集した場所に入り込んでいた。私は地図を広げ場所を確認する。  まだレナの場所まで遠い。このまま隠れて沈黙が解けるのを待ち、再びテレポをしようと考えていたときだった。 「あら、こんなところに聖職者様が一人きり?」  びくっとして辺りを見回すが誰も居ない。だが、どこからともなくクスクスと笑う声が聞こえてくる。 「ふふふ・・・ここよ?」  バサッという羽音とともに、一人の女が頭上から舞い降りる。  木の上から舞い降りてきたその女は淫靡な笑みを浮かべていた。  欲情的な服装、整った顔立ち、抜群のスタイル…そして頭には角、背中には羽根があった。 「サキュ・・・バス・・・!」 「こんにちは。」  クスリと笑みを浮かべたかと思うといきなり蹴りを喰らった。  蹴られた反動を利用して後ろに下がりながら手を前に突き出し、詠唱を行う。  ブレs・・・!!  ズキリと。後頭部に痛みが走る。術式を構成していた魔力の流れが強制的に絶たれた。  沈黙は・・・まだ治っていない。  何時の間に間を詰められたのか。サキュバスの整った顔が目の前にあった。   「ふふ…こんなところに一人で居るのだから退魔師なのだろうけど。魔法が使えないんじゃただのひ弱な人間ね。」  背後の樹に押し付けられ、私の両腕をまとめて頭の上にサキュバスの細い片腕で押さえつけられる。  なんでこんな細い腕の癖にこんなに力があるんだよ…っ!理不尽だ!  足はサキュバスに身体で押さえつけられ身動きが取れない。細い指先でゆっくりと顎が持ち上げられる。 「あら…あなた。女…よね?」 「だったら…なんだ…。」  サキュバスを睨み付ける。だが、なんとも思わないのかクスリと笑う顔が憎たらしい。 「おかしいわね・・・確かにオスの匂いがしたと思ったんだけど。・・・違うわね。オスとメス、両方の匂いがする。」 「犬か・・・お前は・・・っ!」 「あら、失礼ね。あんな下等な生物と一緒にされるなんて。ふーん。なるほど。魂の匂い…か。」 「…え?」 「男と女、両方の匂いがする。聖職者の癖に…憑かれてでもいるのかしら?」  何か面白い物を見つけたようにクスクスと笑うサキュバス。 「これは珍しいわね。美味しそう・・・。」  ゆっくりと。近かったサキュバスの顔がさらに近づき、首筋へとその唇が向かっていく。 「いただきまーす。」  レナ…ごめん。たどり着けないかもしれない。