「で、注文は何にするの?」 しばらくメニューを見て呆けていた俺に、ユキさんが聞いてきた。 「え、あ、あの〜、じゃぁこの『wwAセット』で…」 俺は思わずメニューの一番上に載っていた、意味不明なセットを口にした。 何というおかしな名前だろう。 「あれー、折角のサービスなのに、一番安いのでいいのぉ?」 ユキさんは少し不満そうに言うと、メニューをパラパラとめくり始めた。 「んー、ここらへんなんてどう?このYセットとか!」 後ろの方のページを開いて俺に見せるユキさん。 「じゃ、じゃぁそれで…」 俺がそう言うとユキさんは奥に向かって叫んだ。 「…っwYセットひとつお願いしまーす!」 メニューを置いてから店の中を見回すと、他の客は一人もいなかった。 「あの…開店前なんですか?」 恐る恐るユキさんに聞いてみる。 「…営業中……だよ…。」 明後日の方向を見ながらぼそっと言う彼女。 ため息をつきながら俺の前の席に腰を掛けた。 「一週間前に開店したんだけどね…。はぁ、もうちょっと時間空けてから  開店すれば良かったのに…。」 暗い空気が辺りをつつむ。 「『俺の勘がww今週から開けろって言ってるww』とか言ってさー、  強引に開店させちゃったのは良いんだけど…はぁ。」 続いてメニューを片手で弄びながらそう続ける。 「まだろくに右手使えないんだからさー、その勘で何が当たってるんだか…もう。」 メニューの中に小さなゴミをみつけた彼女はそれを爪で削り取っていた。 「右手…」 呟きながら、店の前で差し出されたトウガの右手に刻まれた傷を思い出す。 「あの傷…かなり深そうでしたけど、どうしたんですか?」 気になり、俺は聞いた。 「あ、うん。私達しばらく前まで冒険者やっててね、最後の戦いのときに  思いっきり短剣が貫通しちゃってさ。運の悪いことに回復も遅れちゃって…。」 目を泳がせながら言うユキさん。 最後の戦い…。ユキさん、トウガ、セツナの復讐の旅の終着駅。 「目的は果たせたんですか?」 身を少し乗り出してしまった俺に、ユキさんは少し驚きながら答えた。 「え、あ、うん。かなりギリギリだったけどね、あははw」 明るい笑い声が響く。 「おk、『wwYセット』お待ちww」 ふいにトウガが会話の横から入ってきた。 俺の前に大量の肉だの野菜だのご飯だのの皿が並べられる。 「あのさー、この…っwってやっぱりやめようよ。上手く発音できないって普通…。」 ユキさんがトウガに文句を言った。wwが上手く発音できないらしい。 「ぶっちゃけwwは聞こえなくてもおkww」 笑いながら言うトウガ。 「大体上手く発音できるのなんて、トウガと前のニーナと…」 そう言いながらユキさんは俺を見た。 「そういやノビさんも綺麗に言えてたね…。」 不思議そうな顔も可愛いもんだ。 「あははっ…そ、そうですか…?あ、じゃあの、頂きますね!」 誤魔化すようにそう言い、俺は料理をがっつき始めた。 …まずい。 見た目と裏腹に、とてもまずかった。というか微妙な味がした。 「おkww感想は言わなくても顔で判るぜww」 トウガが楽しそうにそう言った。 なるほど閑古鳥の鳴きっぷりはつまり、味に起因するものなのか。 「はー、まずいイメージ付くと、それ挽回するの大変なのにー…」 ユキさんがテーブルに身を預けてうねうねと不満を言う。 「だが残すなww」 トウガが俺の横に立ちながら言う。 「おkwwとほー。」 何となく俺もそう返す。 「確かに発音が良すぎwwユキ、こいつバイトで雇おうぜww」 そう言うトウガにユキはまだうねうねとしながら返事をした。 「店の中見てから言えー…。」 未だに客が増えない店。 "混む前に食ってけ"と言われて店に入ったものの、混むときは 永遠に来なそうに思える。 開店一週間で、もうかなりヤバいんじゃないだろうか…。 夜。 なんとなく流れで、店の2階に泊めてもらうことになった俺は 空に浮かぶ月を見ながら色々と考えていた。 「ユキさんたちの目的は果たせた…うん、良かったー…。」 目的を果たせたと言ってもそれは復讐の旅。全てが円満に解決できた わけではないだろうが、ひとまず無事に終わったことが嬉しかった。 月の光を落とす部屋の床に目を移す。 ユキさんの言った"前のニーナ"、というフレーズが気になった。 話の流れからしてそれは俺なのだろうが、つまり"後のニーナ"が いるわけで、それは本来のニーナ・クリスティアなのだろう。 「……うん、全部解決できてた…。俺のあがきは無駄じゃなかったんだなー…。」 前の旅路を思い出して目の奥が熱くなる。 「あっれー、フィズちゃんも俺っ娘ー?」 突然ユキさんの声がした。 「わっ!!……お、驚いた…。」 視線を声の元に移すと、部屋の入り口からユキさんが覗き込んでいた。 廊下も暗かった為、気付けなかったようだ。 「…ちょっと良いかな?」 そう言いながら、ベッドに座っていた俺の横に腰を下ろした。 「や、特に用事はないんだけどねー。」 なんだか嬉しそうな彼女。 しかしその後、しばらくの沈黙が続いた。 部屋の灯りは付いていないままだったが、月の光がやけに明るかった。 沈黙を破ったのはユキさん。 「聞きたいことがあったんだけどね!」 そう言いながら俺の顔を覗き込んだ後、とてとてと部屋の入り口まで戻った。 「もういいや!えへへ、お邪魔しました〜♪」 ユキさんはそのまま手をぱたぱたと振りながら廊下の闇に消えていった。 「……なんだろ。…嬉しそうだったけど…。」 全く真意が判らなかった俺だったが、疲れていたせいかいつの間にか眠りに 落ちてしまっていた。 「それではお世話になりました!!」 早朝。店の前で、俺はユキさんとトウガに挨拶をした。 「あのさwwユキと話したんだけどさww」 トウガが切り出す。 トウガはユキさんと目を合わせてから言った。 「バイト募集中ww応募ヨロww」 「へ?」 俺はまた間抜けな返事をしてしまう。 「住み込みで一名様募集中〜♪とりあえずさ、部屋だけは提供できるから、  何に転職するかは知らないけど、転職したら一旦戻ってきて♪ね?」 ユキさんがにまーっと表情を崩して俺を見つめた。 「あの…だって閑古鳥が…」 「リハビリ終わればww長蛇の列wwだぜww」 俺の言葉を遮るようにトウガが胸を張った。 「…あ、あはは、わかりました!とりあえず転職してから、また来ますね!」 そう答え、一礼してその場を去る。 店の前の坂道を上りきり、後ろを振り返る。 手を振る二人に手を振り返し、俺は時計塔の方に走り始めた。 「前の冒険は終わり!次は─…」 まずは転職!俺が期待と不安を胸に向かったのは『あの職業』の転職場所だった──。 -------------------- 2008/12/27 H.N