ユフィ視点-------------------------------------------------------------------------------------------------- 「ユフィ、倉庫から青ハーブを取ってきてくれないかな?  少し足りないみたいなの」 「はい!ちょっと行ってきます」 近くに置いてあるカゴを持ち、わたしはアトリエの外の倉庫へ駆け出した。 マヤさんの声はとても優しくて、いつも癒される。 わたしはユフィ、職業はアルケミスト…と言ってもまだ転職して間もなくて ようやく製薬が少しずつできるようになったくらいだ。 エンブリオ作成も失敗してばかりで、最近ようやくホムンクルスと狩りができるようになった。 何か理由があってアルケミストになった訳ではなかった。 セージでもブラックスミスでも良かったと思う。 ブラックスミスのようなワイルドな格好は、恥ずかしくてとてもできないけれど。 ただわたしは戦闘が苦手で、プロンテラで消耗品を売ってる方が性に合っていただけだ。 そんな自分でもこうしてアルケミストに転職できたのだから みんな少しは褒めてくれたっていいと思うんだ… 最初に声をかけてくれた人はマヤさんと言う。 わたしが言うのも何だけど、この世界でも指折りのクリエイターだ。 彼女の銘入りの製薬品は様々な人々に利用されてて、その名声を知らぬ者はいない。 その効果は当然絶大で、リヒタルゼンの企業からいつもお声がかかったり 有名ギルドの冒険者が彼女のアトリエに大量のホワイトスリムポーションを 仕入れに来たり、話題には事欠かない。 彼女と初めて会ったのは忘れもしない、わたしがアルケミストに転職した日。 マスターアルケミストから試験合格の言葉を貰った時の事だ。 「アルケミスト転職、おめでとう!」 後ろから透き通った声がした。 彼女の声はとても美しく妖艶な、素敵な音色だった。 わたしが振り向くと、エメラルドグリーンの美しい髪をなびかせた女の人が立っていた。 頭には燦然と輝く黄金のティアラ、女性のわたしから見ても身体のラインがとても美しい。 あまりにパッとしない自分とはまさに月とスッポン、対極にあるような人のように思えた。 女神のようなそのクリエイターは、わたしの方を向いて微笑んでいる。 「あ、ありがとうございます…」 わたしは恐る恐るお礼を言うと、彼女は微笑んだままその場を立ち去ろうとした。 「待ってください!あの…お聞きしたい事があります」 わたしはとっさに声を出して彼女を引き止める。 彼女は歩みを止めて、凛として優しい表情で振り返ってくれた。 「なんでしょうか?」 「わたし、アルケミストになったのはいいんですけど、右も左も分からなくて…  よければお話を少し聞かせてもらえないでしょうか?」 「私で良ければ是非、少しは役に立つ事教えられるかな…でも何でも聞いてね」 彼女は笑ってわたしの方へ歩み寄ってきた。 本当の事を言ってしまえば、聞きたい事なんてなかった。 どうして彼女を呼び止めたのか、今でも記憶が定かではない。 それも嘘だ…理由なんて決まっている。 ただ、彼女のことを一目見た瞬間好きになってしまった。 それだけの事だったのだ。 それからわたしは、マヤさんの元で製薬の手伝いをしている。 彼女の「良かったら私のアトリエで製薬の勉強してみる?」との 申し出をわたしは喜んで承諾した。 その言葉を聞いた時は、嬉しさで心臓が爆発するんじゃないかと思った。 そして今日まで、ずっとここで住み込みで働いている。 アルデバランの郊外にあるアトリエは、とても広くて立派なのに マヤさんはずっとここにアミストルのグレイと二人っきりで暮らしていたらしい。 この羊、ご主人様であるマヤさんを守ろうとする気配はあまりなく(?) わたしを見ても素知らぬ振りで寝そべったままのふてぶてしい奴だ。 マヤさんはわたしに何を教えるでもなく 製薬の下準備やハーブ運びのような、簡単なお手伝いをたまに命じるだけだった。 でも質問にはちゃんと答えてくれるし、とても聡明な人だと言う事はすぐに分かった。 わたしがメイドのように炊事洗濯をしているかと言えばそうでもなく 「家事とグレイの散歩は交代制ね」と言うのが唯一の約束事だった。 ちなみにお給料も少しながら貰えて、貧乏なわたしには信じられないような生活… マヤさんは時にわたしに悪戯をする。 頭を撫でてくれたり、ほっぺたにキスをしてくれたり。 一度入浴中にマヤさんが突然入ってきて、とても驚いた事もあった。 彼女の抜群のプロポーションに、思わず見惚れてしまった。 今でもその時のマヤさんの事を思い出して○×をする。 一緒に過ごせば過ごすほど、彼女の事が好きになっていった。 全てがとても愛しい。 わたしのものになって欲しい。 その想いは日に日に強くなった。 倉庫で青ハーブをカゴに入れて、アトリエに戻る途中 ペコペコを引き連れて歩いている人影が見えた。 わたしは急いで玄関の方へ走って彼を出迎える。 ここにマヤさんのアトリエがある事を知っている人は、とても少ないのだそうだ。 理由はよく分からない。 彼女が人間嫌いとかそんな印象は全くない、むしろ皆から好かれるであろう人なのに。 このアトリエを訪ねてくる人は自然と限られてくる。 「こんばんはユフィ、今製薬中かい?」 「はい、足りなかった分を急いでるみたいで、準備しているところでした」 マジェスティックゴートがとても印象的なそのLKの問いに、わたしは素直に応じた。 彼の名前はロキ。 プロンテラのトリスタン13世から、ロードナイト最高の権威である勲章を授与されても 「そんなものは欲しくない」と吐き捨てた伝説を持っている人だ。 二週間に一度くらい、彼は様々な製薬材料を持ってここにやってくる。 それ以外の、本でしか見た事のないようなレアアイテムも沢山持ってくるから 冒険者としての手腕も一流なのだろう。 彼とマヤさんは幼馴染だと聞いた。 付き合ってないよとも聞いていたけど、二人はそれこそ恋人同士のように仲が良い。 正直、わたしにとってロキは邪魔な存在以外の何者でもなかった。 彼にとっても、わたしの存在は同じなのかもしれない。 この人の顔を見る度、どこかで消息不明にならないかな、殺してやろうかなと 洒落になってない殺伐な単語が脳裏を過ぎる。 マヤさんがアトリエの奥からひょこっと顔を出した。 「ロキ、いつもハーブとかありがとう!今日は面白いものある?」 「おう、今日は山羊こそ角をもぎ取り損ねたけど、鎌を奪い取ってやったぞ」 「その冒険の成果も含めて、色々聞かせて欲しいな。  今日は食事当番も私!ロキは運がいいね…さっと仕事終わらせてくるから  ご飯できるまでゆっくり居間で待っててね」 ロキと話すマヤさんはとても嬉しそうだ。 わたしに見せる笑顔とは全然違う「特別」なものだ。 それを独占するこの男が許せない…コロシテヤル…コロシテヤル… 「ユフィちゃん、このハーブ類とか運ぶの手伝ってもらえるかな?」 「あ、はい。荷物はわたしに任せてロキさんは居間へどうぞ。  すぐにお飲み物をお持ちします」 慌てて平常心を取り戻し、平静を装って対応する。 倉庫へ製薬材料を運ぶ最中、わたしは何度も深呼吸を繰り返した。 マヤさんの手料理を頬張りながら、三人で夕食を取った。 ロキの土産話にマヤさんは笑って相槌を打っている。 確かに彼の話は面白い。 わたしよりずっと外の世界を知見してて、話の種はいくらでもあるように思えた。 地位も名誉も…ずっとこの人の方がマヤさんに相応しいんだろう。 そう思うと自分の不甲斐なさにいらっとする。 この世界はなんてつまらないんだ、神様はどうしてわたしに能力を与えなかったんだ。 全てを他人のせいにして。 「ロキ、今日こそ泊まっていきなよ。  まともに休んだ事もうずっとないでしょ?たまにゆっくりしないと身体によくないし」 「そうもいかないんだ、明日ギルドの連中とリヒタルゼンに行く事になってて  今日中にジュノーまで行かないと間に合わない」 「本当仕方ないなあ、貴方らしいと言えばらしいけども…」 マヤさんは残念そうに笑った。 そして片付けのために席を立とうとしたので、わたしは慌ててそれを遮った。 「マヤさん、折角ロキさんが来てるんだからゆっくりしてください  後片付けはわたしがやります」 「いいよ、約束はきちんと守らないと」 「いいからいいから!  あ、そうだ。先日(教授の)アルルさんから頂いた特製のハーブティーを持ってきます」 マヤさんは笑って「ありがとう」と言いながら席に戻った。 その笑顔だけで、わたしは生きていけるような気がした。 台所でハーブティーを淹れながら、わたしは独り言を呟いていた。 「マヤさんはわたしのものだ、絶対誰にも渡さない」 マヤ視点------------------------------------------------------------------------------------------------ ユフィが淹れてくれたハーブティーを頂きながら、三人で談笑した。 楽しい一時はあっと言う間にすぎ、ロキはもう発つと言う。 急いでアトリエの木箱からホワイトスリムポーションを取り出して 彼の荷物の中に入りきれない程一杯詰めておいた。 そのまま庭先まで彼を見送りに出る。 「じゃあねロキ、あまり無茶はしないでよね。  ヒールや薬だって限界があるんだし、痛い思いはして欲しくないんだから」 「お前が後ろでポーションピッチャーしてくれれば最高なんだけどな」 「ははは、いつかまた行けるといいね」 「また寄るよ、今度はアルルも一緒だと思うから楽しみにしてな」 「うん!気をつけていってらっしゃい!」 「おう、行って来る」 後ろを向いたまま手を上げて、ロキはペコペコと共に闇夜に消えて行く。 その姿を見送って急いで家の中に戻る。 ユフィに後片付けもやってもらってしまったし、お礼を言わないと。 その最中、頭がゆらゆらと、ぼーっとして危うく転びそうになった。 何とか踏みとどまったものの、異様なまでにぼんやりとした感覚はそのままだ。 最近ずっと仕事してて疲れてるのかな、ロキの事は言えないじゃん…と 一人で苦笑いしてしまったけども、ゆらゆらとしたまま思考があやふや。 思わずソファーに座り込むと、ユフィが気付いたのか心配そうにこちらを見ている。 「マヤさん…?」 「大丈夫、最近ちょっと忙しかったから疲れたみたい。  ロキが来たから無駄に張り切っちゃったしね」 「無理せず休んでください。今日くらいわたしに任せてくれたっていいんですから」 ユフィが優しく言ってくれるので、今日ばかりは甘えさせてもらう事にした。 彼女はいつも優しい。 自分の事なんて全く考えていないのではと疑ってしまう位に ユフィの気遣いは献身的なものだった。 そんな真直ぐな彼女の事を、私はとても気に入っていた。 「ありがとう。今日は色々やってもらってごめんね」 「そんなことで謝らなくてもいいんです、歩けますか?」 「うん、大丈夫。部屋に戻るね」 大丈夫と言ったのに、ユフィは心配そうに部屋の前までついてきた。 いつの間にかグレイも、ちょっとだけ不安そうな顔でこちらを見ている。 「おやすみなさい」とユフィがドアを閉めたのを確認した後 私は着替えもしないまま、ベッドに倒れこんだ。 意識があっと言う間に遠のき、気を失った。 目を覚ますと、そこは私のアトリエだった。 ベッドに横になったはずなのにどうして… でもすぐに身体が不自然な状態なのに気付いた。 両手には手錠がかけられていて、足枷が取り付けられていた。 手錠は天井の鎖と繋がれていて、私は無理やり立った状態にさせられている。 「気が付きました?」 製薬をする時に腰掛ける、背もたれのない丸い椅子に座ったユフィが目の前にいた。 部屋の電気は消されていて、窓から漏れる月明かりでしか判断する事はできないけど 彼女は笑っているように見えた。 「これは何の冗談…?」 「冗談も何も、マヤさんはわたしのものですから、どうしようと勝手なはずですぅ…んんっ」 と言い終える前にユフィは私のうなじをぺろっと舐めった。 「んっ…ああっん!」 ぶるぶると身体が震え、快感が身体中を突き抜ける。 理性が拒否する間もない一瞬の出来事だった。 「ユフィ…何をしたの?」 「マヤさんは、こうして誰かを支配したいと思うことはありませんか?」 「最愛の人に受け入れられたいとは思う、でもこんな形は違う」 「嘘だっ!」 ユフィは突然大声を上げた。 普段おとなしい彼女の叫びに、思わずびくっと身体を反応させてしまう。 「わたし、マヤさんの部屋にこっそり忍び込んだ時に見つけちゃったんです。  望みの人間を虜にしてしまう魔法の薬のレシピを。  マヤさんだって、これでロキさんを手に入れようとしたんじゃないですか?」 私は一呼吸置いてから答えた。 「ユフィ、その書はアルルがジュノーの図書館からこっそり持ち出してきたの。  アルケミストが決して犯してはならない禁忌の薬…それを私に使ったの?」 「はい、製薬には一ヶ月程かかりましたけど」 「そんなまさか…」と私は自嘲気味に呟いた。 書の記述によれば、ユフィの言葉通り服薬者は製薬した人間の虜になる。 恒常的にエクスタシーを感じるようになり、製薬者に永遠の忠誠を誓う。 要は媚薬のようなものだ。 禁忌としてジュノーに封印されていた書物を、アルルが私のところに持ち込んだ。 私は幾度も製薬を試みたけど、一度も成功したことがなかった。 使おうと思ったのも事実、だけどアルケミストとして駆け出しのユフィに出来てしまった…? 失敗作では無いと言う事は、自身の身体が証明してしまっていた。 最初ユフィにうなじを舐められた時の感覚は、嘘偽りの無い、性的な快感だった。 それも今まで体験した事のないくらいの、異常なまでの興奮を与えてくれた。 「ようやく、マヤさんがわたしのものになってくれる…」 ユフィは静かにこちらに近付いてきた。 ユフィ視点---------------------------------------------------------------------------------------------------- マヤさんはわたしのものになったんだ。 あの高貴で気品あるマヤさんの全てを支配してやった。 性欲以上に満たされた感覚が確かにあった。 あの男を出し抜いてやった、全てを奪ってやったんだ! 「ユフィ、貴女私の事そんなに愛してくれてたんだね、嬉しいわ。  でもこんな事しなくても、貴女が望むならどんな事でもしてみせるのに」 マヤさんは突然そんな事を言い出した。 私は恐る恐るその意味を尋ねる。 「どういう…意味ですか?」 「そのままよ。形はどうあれユフィにこうして愛して欲しかったの。  貴女の事が、ずっと好きだったから…あの時から一目惚れだったから」 これだけ屈辱的な行為をされたにも関わらず、マヤさんは笑っていた。 「この薬を使ってみたかったのは本当よ、ロキではなくて、貴女に」 「でもマヤさん、ロキさんの事が好きなんじゃ…」 「小さい頃はね、だけど彼にはその頃から許婚が居たから  とっくの昔に諦めもついたし、私の性的嗜好がおかしい事も分かってたから」 「本当に、わたしの事…」 「うん。貴女が欲しかったの…ユフィと同じ事をずっと思ってたんだね  でも私、意気地なしだから薬なんて手を使ってまで貴女を手に入れようとした…」 マヤさんの声は泣きじゃくったような、か細い声だった。 わたしはとんでもない事をしてしまったんだ、と声が一言も出なかった。 自分を愛してくれる人を辱めるような事をして、快楽をもてあそんで。 目から大粒の涙がぼろぼろと零れてきた。 「ユフィ、手錠とか外してくれるかな…?」 わたしは急いで椅子にあがって、マヤさんを拘束していた物を取り外す。 そのままマヤさんはわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。 マヤさんと密着する感覚が、わたしをはっとさせた。 「いいの、私も貴女とこうなりたかったんだから。だから、泣かないで」 マヤさんの優しい声に、わたしは涙が止まらなかった。 その後、マヤさんが「私の部屋に行こう」と言うので、アトリエから彼女の部屋へ移動した。 その途中、ふいに疑問に思った事を投げかけた。 「薬、効いていたんですか?」 「媚薬的な効果は多少はあったと思うよ。あのまま堕ちてくのも悪くなかったかもね」 マヤさんは悪戯っぽく笑った。 「一緒に寝よっか…おいでユフィ」 「…はい」 その後の記憶はない。 あとがき この作品は以前のクリエとケミの話の後半部分として執筆して 一度エロとして発表したのですが、それからエロを抜いたものになります。 エロ含めて推敲しなおしたverも出来上がっているので 機会があればどこかで発表したいなと思います。 一箇所だけ、2人の出会いについての箇所に食い違いがありますが この部分だけ直しようがなかったので脳内補完してもらえると助かりますorz いずれまた完全新作ネタ書きたいなー! 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