10スレ104に続いて。 「おーい、ノウン起きてるかー?」 宿の部屋には、今朝も清々しい光が射し込んでいた。汗を流すには、持ってこいの一日になりそうだ。 ノウンは、まだ寝ているだろうか?最近は、朝の稽古が少し長引く。少しずつ、だが明らかにノウンの腕が上がってきたからだ。 稽古をつけさせてもらってる身からすれば、つい嬉しくなってしまう。でも、稽古が長引くだけ、疲れも溜まってしまうのだろう。 この頃甲冑に身を固めるのは、俺の方が早いのだった。 呼びかけに返事が返ってきたので、構わずドアを開ける。お、もう着替えてるな。日誌までつけてる。 「おっ、今日は珍しく早いじゃないか。それより今から稽古しようと思うんだが朝飯は食ったか?」 「いや、まだだけど」 「じゃあ一緒に食うとするか。俺、先に食堂で待ってるからな」 食堂に向かう俺は、笑顔だったに違いない。今朝は早くから、ノウンの願いに応じられるのだから。そしてふと、二人で初めて稽古した 日のことを思い出していた…。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 時間的には、9スレ701の続きから。  ミケル総長のもとから退出すると、俺とノウンは足早に城内の訓練施設へと向かった。もう、遠くの方から賑やかな声が聞こえて来る。 式典から解放された人達が、これから都へと繰り出そうとしているのだろう。その陽気な一団にが通路を埋め尽くす前に、廊下を横切る。 どこへ行けばいいのか、それは分かっていた。この世界に来たばかりの頃、ケイナさんと刃を交えた場所だからな。  そしてところどころで衛兵の敬礼を受けつつ、ようやく目的の場所にたどり着いた。そこは、広い部屋になっている。壁に沿って あらゆる武器が整然と並んでいる様子は、壮観と言えた。しかしここで、ノウンがあることに気づく。 「クラウス、ここの武器はいまいち、手入れが悪くないか?なんか輝きが鈍いぞ。」 「そうだろうな。」  俺はおもむろに、一本の剣を取る。そして指を刀身に当てると、驚いた顔のノウンに構わず、一気に剣を払って見せた。 ノウンの顔が青ざめる。普通なら、指が地面に落ちているところだものな。しかし、友の顔色はすぐ元に戻った。少し憮然とした顔で、 悪戯っぽい笑みを浮かべた俺を見つめている。 「驚かせちまってすまん。見てくれ。この刀身、刃が付いてないだろう?切っ先も丸い。」 「本当だ。まるで鍛冶屋の失敗作だな。」 要するに、ここにあるのは全て訓練用の武器だった。自前の得物を持っていなくても、ここでは誰もが好きな武器で練習できるのだ。 「よし、それじゃあ打ち込みから始めよう。」 「ああ、分かった。」  ノウンの表情は、まだ少し硬い。素振りとはいえ、初めて本格的に剣を扱うからなんだろうか。壁を埋める得物の中から彼が選び出した のは、自分の武器と同じスティレットだった。左手にはガードを握っている。俺が選んだのは、フランベルジェ。クルセが持てる剣の中では、 一番大型の物だった。左手にはバックラーを掲げている。  広い部屋の一角には、人の形をした据え物が並んでいた。おもむろに剣を構えると、ダっと踏み込んで打ち下ろす。 剣は据え物の、金属製の縁取りを捉える。鋭い大きな音が鳴り響いた。すぐに、元の姿勢に戻る。自分で言うのもなんだが、流れるように 自然な動きだった。当の俺は、戸惑いを隠すのに必死だったのだが。習ったわけでもないのに、動きを体が覚えてるんだからな。この違和感 にも、いい加減に慣れないと。しっかりしろ!これから、ノウンに剣を教えるんだぞ。  そんな俺を見て、ノウンは小さくうなずくと、同じように剣を振り下ろす。 その響きが消え去る頃、彼は驚いていた。無理もない。ノウンの動きも、じつに自然で手なれた感じがしたからだ。一瞬、顔を見合わせる 二人。でも、互いにすぐ納得がいった。ゲームの中ですら、生まれたてのノビがナイフの扱いを心得てるんだからな。ましてや、ノウンも 剣の道を選んだ者。むしろ、これくらいはできて当然なのかも知れない。先ほどとは打って変わって、ノウンの顔が明るくなる。俺の顔も、 ほころんでいたに違いない。こうして様々な動きを確かめつつ、俺達は一心不乱に打ち込みを続けていた。  ふと、ノウンが手を止めた。もう疲れたのかな?俺もつられて、手を休める。ノウンがこちらを見ている。表情こそ静かだが、その目には 炎が宿っているようだった。 「クラウス、勝負しよう。」  俺はおもわず、生唾を飲み込んだ。ああ、心のどこかでは、分かっていたよ。打ち込みだけでは、稽古にならない。ノウンが欲している のは、もっと実戦に向いた力だったはずだ。しかし片やJobレベルをカンストしたクルセ、かたや成りたてと思しき剣士。ノウンを侮るつもりは ないが、さすがにまともな勝負になるとは思えなかった。ノウンだって、そう思ったかも知れない。しかし、そんなことには構わずに、真っ向 から挑んできたのだ。どんな気持ちだったのだろう。俺にできることは一つしかない。ノウンの気持ちを受け止めるのみだ。 決心が固まるまで一瞬、間が空いてしまう。それでも、俺はついにうなずき、言葉をしぼり出す。 「よし、受けて立つぞ。」 次の瞬間、俺達は思わず肩をすくめてしまった。豪快なまでに大きな笑い声が、背後から響いてきたからだ。 「わっはっはっは!素晴らしい!素晴らしいぞ!」 振り返って見れば、満面の笑みを浮かべて白ひげのクルセが立っていた。雪山のルドルフ殿だ。 「実にすがすがしい。最近の剣士と来たら、騎士や十字軍士を見ると縮こまっておる。そんな剣士を見て、騎士道に身を置いておるはずの 奴らも、天狗になるばかりだ。お互いを隔てる身分の壁など、ありもしないのにな!」 「またお会いできましたね、雪山殿。」 「おう、クラウスか!そこの勇敢な剣士は、ノウン殿に相違ないな。」 「初めまして、雪山…殿。」 流れに取り残されつつあるノウンが、ルドルフに挨拶する。 「貴殿が、ノウン殿か。物怖じせず、二次職の者に勝負を申し込むとはな。見上げた胆力だ。気に入ったぞ。」 恥ずかしくなったのか、ノウンは黙り込んでしまう。そこへ雪山殿は畳みこむように持ちかけて来た。 「どうだ、貴殿らの勝負、私に立ち会わせてもらえないかね?」 思わず、俺はノウンと顔を見合わせてしまう。しかしノウンも、俺と考えは同じのようだった。 「願ってもない話です!」 「よろしくお願いします!」 「よろしい。では支度なされい。」  こうして、再び壁を埋める武器と防具に向き合う二人。俺はこのまま、フランベルジェを使うことにした。そしてノウンの方を振り返ってみる。 思わず、大きく目を見開いてしまった。ノウンも、武器を換えていないじゃないか! 「ノウン、打ちこみとは違うんだぞ。このままじゃあ、間合いの分だけ俺が有利じゃないか。」 「クラウス、俺は手に馴染んだ得物を使いたいんだ。」 そう言われてしまっては、返す言葉もない。ルドルフを見れば、ますますノウンを気に入ったようだった。 「全く、命知らずな男だな。私の若い頃を思い出すわい。クラウス、フェイヨンで話したことを覚えておるか?ゆめゆめ、『手加減してやろう』など と考えてはいかんぞ。」 しかし、俺の表情から心配の色は消えない。 「私の名にかけて、全力でお相手しましょう。ただし、条件があります。私はノウンを相手に、スキルを使うことはありません。なぜならノウンも、 剣士に成りたての身で、スキルを身につけてはいないでしょうから。」 雪山殿の顔が険しくなる。礼を失するつもりか、と問い掛けられているような気がした。しかし、俺は構わずに続ける。 「これが認められなければ、『剣士の挑戦に応じなかった十字軍士』という汚名も進んでかぶりましょう。いかがです。」 ルドルフはじっと俺の目を見つめていたが、ついに表情を緩め、肩をすくめて見せた。彼の嫌う、天狗のようなクルセを演じたつもりだったのだが、 簡単に見透かされてしまったようだ。 「やれやれ、貴殿も心配性だな。よかろう。さあ、外の庭に出られよ。ここは、ちと狭いでな。」 入り口の反対側、雪山殿の指し示す先にドアがあった。開いてみると、回廊に囲まれた広い中庭が、目に飛び込んできた。回廊は、様々な場所に 通じているのだろう。俺達と同じく、訓練に来たと思しき人達が行き来していた。中庭に踏み込み、適当な所で歩みを止めて後ろを振り向く。 見れば、ノウンとルドルフが何やら話していた。ノウンは時々、かすかにうなずいている。しかし、それも束の間のこと。ノウンは、ついに 俺に向き合って刃を抜いた。俺も、無造作にそれにならう。 「相手の生殺与奪を自由に出来た方を、勝ちとする。では、始め!」 ルドルフの鋭い声が、回廊の庭に響き渡った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 剣士と十字軍士は、数歩離れて向き合ったまま、微動だにしなかった。 ノウンはしっかりと盾を構え、さらに半身を盾の陰に置いていた。これでは、こちらから斬り込む隙がない。それが崩れれば、一挙に踏み込める のに。しかし、このままでいるわけにもいかないだろう。 俺は突然、構えを解いてみせた。盾も剣もだらしなく下にさげ、これでは「斬って下さい」と言わんばかりだ。まるで、ノウンを小馬鹿にしている ようにさえ見えるだろう。しかし、それでもノウンは動かない。この程度の挑発には、乗らないか。よし。 俺は構えを解いたまま、無造作に間合いを詰め始めた。歩みはゆっくり。体も首も、やや右に傾いでいる。真面目にやっているのか、と雪山殿に 叱られそうなものだ。だが、彼はじっと俺達を見つめているのみだった。 ノウンは、動かない。盾に隠れて、どんな表情をしているのか。怒っているのかな?それとも、不気味に思っているのかな? 態度は全く不真面目。その上、無表情。しかし俺は、あふれる殺気を隠しなどしなかったのだから。 いいぞ、ノウン。そのまま動くなよ。お前にとっては不本意だろうが、その方が早く終わる。忘れたわけではあるまいな。俺は、極Agiだぞ? 間合いに入り次第、目にも止まらぬ一閃を浴びせてくれよう。 殺気をたたえたまま、さらにノウンに近づく。動かない。ノウンはまだ、動かない。いいぞ、もうすぐだ。短剣を選んだばかりに、受け太刀も ままならないで打ちすえられるのは、屈辱だろうな。しかし、これも貴重な経験になるはずだ。さて、そろそろ仕掛けるか…。 ダン! 力強い踏み込みとともに、中庭の地面が少し震えたようだった。 うん、認めよう。俺はあの時、思い上がっていたに違いない。   あと半歩でノウンを間合いに捉えようとしていた時だ。突然、ノウンがこちらの懐に飛び込んできた。鮮やかな奇襲に、ほんの一瞬だけ頭が状況を つかみ損ねた。しまった!隙を作ってしまったか。後悔し、即座に頭を切り替える。だが、その半瞬さえノウンにとっては充分だったのだ。 かくして、俺は一方的な防戦に追い込まれた。こうなると、一番の長剣を選んだことが逆に悔やまれる。間合いが近過ぎて、ノウンに打ち下ろす前に 剣の勢いが止まってしまうのだ。だから、攻めに回れない。一方ノウンは、自在に突きや払いを繰り出すことができた。  なぜだか分からない。しかしこんな状況になっても、俺の意識は周りの状況を把握していた。武人としての、「クラウス」の経験がなせることだろうか? いつの間にやら、回廊にはたくさんの人が集まり、勝負の成り行きを見守っていたのだ。そのうち、声援も聞こえて来る。 「いいぞ、剣士!そのまま踏み込め!」 「壁際に追い詰めなさい!勝てるわ!」 「よーう、クラウス!負けてみろ!言いふらしてやる!」 …これは同僚の誰かだろうな。 口惜しいことに、俺は実際、少しずつ回廊の柱へと追いやられていく。ノウンから間合いを取って、反撃に転じたい。しかし、それを許すノウンではなかった。 その間にも、次々に突きを繰り出して来るからたまらない。鎧の隙間を的確に狙ってくる。ぬぬ、ルドルフは甲冑に身を固めた相手をいかに攻めるか、適切な 助言を与えたに違いない。間合いだ、とにかく間合いを取らなくては! そう思って、強く後ろへ踏み込む。しかし、ノウンはその瞬間を待っていたのだろう。体が跳躍する前に、喉元を狙ってスティレットが走る。俺は思わず、 首をすくめた。 ギイィィィィン!! 中庭に金属のぶつかり合う、重くて鋭い音が響いた。その音が消え去る頃、今度は何やら重い物が落ちて、鈍い音を立てた。 宙高く跳ね飛ばされた俺のヘルムが、ついに庭の芝生に触れたのだった。 ワアアァッ!!! どよめきと歓声が、回廊を埋め尽くす。 ヘルムの持ち主は、かろうじて倒れないでいた。その意識は観衆よりも、相手の声に傾けられていたのだろう。多くの人の叫び声よりも、ノウン一人の言葉の方が はっきりと耳に届いていた。その声は、静かに告げていた。 「兜を拾え、クラウス。お前はまだ、本気を出しちゃいないんだろう?」 素直にその勧めに従いつつ、俺もついには不敵な笑みをを返せるだけ、余裕を取り戻していた。 「ああ、もちろんだとも。」 本気を出しちゃいない?いや、それはウソだ。しかしこれで、ようやく俺も反撃に回れよう。俺に猶予を与えたことを、後悔させてやる。 こればかりは、偽らざる本心だった。