10スレ106の続き 猛烈な空腹も、そろそろ落ちついてきた。。ようやく、関心が食事以外のことに向き始める。 ふと目の前を見ると、ノウンがスープを飲みつつ、何やら遠い目をしているじゃないか。 「どうしたんだ、ノウン。気になることでもあるのか?」 「いや、何でもない。初めて稽古をつけてもらった日のことを、思い出していたんだ。」 「ああ、そうだったのか!」 俺はつい、顔を赤らめてしまう。あの勝負の後、同僚達からずいぶんと冷やかされたんだ。 初心者の剣士に、馬鹿にしたかのように近づいたと思ったら、あっさり不意を突かれ、兜を飛ばされるほど追い込まれた。 さらに、決め手となったはずの一撃でノウンを仕留めることができず、再び奇襲されそうになった。 これが、彼らの見た全てだったのだ。逆にノウンの名は、その心に刻み込まれたことだろう。 「いや〜、あれで終わりになると思ってたんだがな。しばらく動けなくなるくらい、打ちすえたつもりだっんだ。だが、 俺も詰めが甘かったってワケだな。」 「そうじゃないんだよ、クラウス!」 語気を強めたノウンに、思わず驚かされる。ノウンは、すっかり真顔になっていた。いかん。何か、気に障ることを言って しまったかな?しかし、ノウンは首を横に振ってみせた。 「あの時はな、そのまま勝負がついたって、不思議じゃなかったんだ…。」 俺はノウンの話に、じっと耳を傾ける。なるほど、異常な回復力だって?気づいたらこんな異世界に飛ばされてたってだけ でも、充分に異常なのに。さらにそんな力が身についていたら、喜ぶより先に不気味に思うだろう。むう、俺の気にしてる ことなんて、小っぽけに思えてきた…。まあ、いい。そんな小さなことでも、ノウンに話してみようかな。悩みを抱えている のが自分だけじゃないと分かったら、お互いに気が晴れるかも知れない。などと考えていると、後ろから声がした。 「おはよう、クラウス!ノウンさんと一緒だったのか。」 「おぉ、お前か、ルーファス!ユベールもおはよう。」 振り返ってみると、フェイヨンからの帰り道で一緒になった二人の十字軍士が立っていた。 「朝早く、こんな所でお前に会うとはな。思ってもみなかったぞ。」 なんだって?ルーファスの言っていることが、今ひとつ分からない。俺もノウンも、ここに泊まっているんだ。二人で 一緒に朝飯を食っていて、何がおかしいんだ? 「何ってクラウス…。まさかお前、都に戻ってから一度も自宅に帰ってないのか?」 「あきれたなぁ。いくらノウンさんの筋が良いからって、稽古に打ち込み過ぎじゃないのか?」 ユベールとルーファスは、交互に問いかけて来る。しかし、俺は全く別のことに心を奪われていた。 自宅…だって?都に我が家があったのかよ!どんなに感情を殺そうとしても、動揺のあまり顔が曇ってしまう。 思わず、うわの空になる。そんな俺を一気に現実へと引き戻したのは、ルーファスだった。 「まったく。ティナさんを心配させるなよ!ヨルクの部隊は、まだ帰って来られないんだからな。」 それは、刃物で胸を突かれたかのような衝撃だった。ティナ?ヨルク?誰なんだ、それは? 俺に家族がいるっていうのか? 「おい、ルーファス!クラウスの前で、その名を縮めるなって!お前もクラウスが、マルティナさんをどれほど大事に 思っているか、知らないわけじゃないだろう?」 いよいよ険しくなる俺の表情をどう読んだのか、ユベールが同僚をたしなめる。ここでようやく、俺は自分がどんな顔を していたのか気づいた。あわてて、力を抜いてみせる。それを見て、ようやく二人も安心したのだろう。ルーファスは、 謝ってきた。 「すまん、クラウス。お前があんなに気だてのいい人を、独りにしてると思うとな。つい、カっとなっちまった。」 ここは、ひとつ芝居を打たなくては。 「いや、お前の言う通りだ。こっちこそ、どうかしてる。しかし『ティナさん』って何だ?みんな、マルティナのことを そう呼んでるのか?」 「あ、ああ。お前を怒らせたくないから、みんな黙っているんだが…マルティナさんは、人気があるんだぜ?誰も、 あの人の優しいところが好きなんだ。話題に上ればついつい、愛称で呼んじまう。」 ユベールも同調する。 「ああ、ただ優しいだけじゃないな。何かこう、凛としているんだよ。そこがいい。お前の家を初めて訪ねた奴は、誰だって マルティナさんを気に入るだろうよ。」 「そうか、そうか。そう言ってもらえると、俺も鼻が高いよ。さあ、お前ら。そろそろ表へ出ようか…。」 さも腹に据えかねたように、俺は席から立ち上がって見せた。気押されたのだろう。二人は、もう逃げ腰だった。 「悪かった、悪かったよ!とりあえず、落ちつけ!な!」 「と、とにかく早く家に帰ってやりなよ!お前がそんなことじゃ、ヨルクの奴も安心できないぞ!」 ドカっと音を立てて腰を降ろした時、すでにルーファスとユベールはこの場から立ち去っていた。ちょっとやり過ぎたかな? 俺が誰かを心配させてしまってるのは、本当だろうし。 ふと気がついてみると、ノウンが心配そうな様子で俺の顔を見つめていた。 「なんと言うか…色々と大変なんだな、お前も。」 察しが良いな。もう、俺が何を悩んでいるのか、見抜いたようだ。 これから、どうなるんだろう。元の世界に帰れるのかな?帰れないのかな?いずれにせよ、はっきりしないと困る。 もし帰れるのであれば、クラウスがどうなるのか想像はついた。思い出すのは、ローグのリエッタのことだ。ある日を 境に姿を見せなくなったと思ったら、いくらwisしても、取りつく島もなかった。そう、まるで人格が変わってしまった かのようだった。リエッタが俺達と同じ境遇であることを考えれば、元の世界に戻れたと考えるのが自然だろう。 俺も同じで、帰れればこの体には、クラウスの本来の意識が戻って来るに違いない。いつか、そんな日が来るのであれば、 俺はここでこうしていても良いのだろうか?人格だけ別人のまま、クラウスと親しい人達に接していてもいいのか? 無理に本人として振る舞うほど、クラウスの人生を壊してしまうんじゃないのか?いっそ、元の世界に戻れないと分かれば、 かえって安心できそうな心境だった。最初こそうろたえるだろうけど、時の流れとともにクラウスの人生は、俺自身のものに なるだろうから。しかし、今は心がイラついて仕方がなかった。 「家に帰れ?どこにあるのかも分からないのに。家族に心配をかけるなって?名前を聞かなきゃ、存在すら知らなかったぜ。」 そもそも都に住んでるのなら、俺はこっちに来た時、どうしてこの宿屋に居たんだろう。おおかた、家族とケンカでもして家に 居られなくなったんじゃないか?何にせよ、クラウスのプライバシーであればあるほど、人に尋ねることはできない。それが、 もどかしくてたまらなかった。思わず、うつむいてしまう。 「まあクラウス、落ち込むなよ。悩んだところで、神ならぬ身に答えの出せる問題じゃないさ。」 「ああ、そうだな。俺達の身に降りかかったことは、人智を超えてる。気に病むだけ、無駄な…ってノウン、今、なんて言った?」 「ん?だからさ。いくら考え込んだって、神様じゃないんだから結論は出せないよ。」 「それだ!」 ついつい、勢いよく立ち上がってしまった。椅子が派手な音を立て、食堂の客がこちらを振り向く。す、すみません。何でもないです。 「どうしたんだ、クラウス。何か、ひらめいたのか?」 驚いたノウンが、問いかけて来る。 「ああ。人間に分からないことなら、神様に聞きゃあいいのさ。」 「えっ、何だって?」 思い立ったが吉日。もう、居ても立ってもいられなかった。ノウンには訓練の合間に、じっくり説明しよう。もう、訓練の時間だ。 給仕をテーブルに呼ぶと、そそくさと勘定を済ませて席を立つ。 「あ、おい、クラウス!待てったら!」 背中にノウンの声を浴びつつ、俺は早足で城へと向かっていた。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------  あくる朝、まだ暗いうちに起きて身支度を整え、大聖堂へ向かう。そこの聖務日課がリアルと同じかどうかは知らないが、思惑 どおりに運べば賛課の祈りに間に合うだろう。しかし、早起きすると腹が減るな。まあ、朝飯はノウンと一緒に食えるはず。遅く なっても、稽古には遅れまい。ああ、ノウンは驚いていたっけ…。俺は、昨日ノウンに話したことを思い出していた。 「何を考えているんだ、クラウス!」  神にものを尋ねる、と聞かされて、ノウンは半ばあきれ顔だった。俺は言葉の足らなかったことを詫び、一からアイデアを説明する。 そもそも、ここがどういう世界なのか、思い出してみよう。人間がいて、魔族がいて、神がいる。最も肝心なのは、その第三者だ。 そう。リアルはいざ知らず、この世界では神の存在を、疑う余地などない。もし話し合えるのであれば、なんでこの世界に飛ばされて しまったのか、小一時間でも問い詰めたい。しかしノウンは、いよいよ開いた口が塞がらない様子だった。 「そうは言うがな、クラウス。俺達は魔族どころか、神ともいがみ合っているんだろ?それも、千年も昔から。呼びかけてみたところで、 ホイホイ応じてくれるのか?」 「それは、やってみなくちゃ分からん。ただ千年も経ったせいか、今じゃ大聖堂でも神を崇めてる。アコ系やクルセのスキルを見る限り では、人間もその加護を受けてるみたいだしな。」 「そうだな。転生する時には、ヴァルキリーのお世話になるし。ダメでもともと。何もできないでいるよりは、マシってものか。」 ノウンの言う通りだ。上手くいく保証など、どこにもない。けど、駄目だったらまた別の手を考えるまでだ。 いよいよ、大聖堂の入口が見えてきた。中には赤々と燭台の灯がともり、聖職者が出入りしている。さすがにこの時間では、他職の人は 珍しい。そのせいだろうか。そちらへ進むと扉の前で、一人のプリーストに呼び止められた。 「おはようございます、クルセイダー様。お祈りに参加して下さるのですか?」 「司祭様、おはようございます。ええ、参列をお許し頂ければ、幸いです。その後、ザンゲを聞いてもらいたいのですが、シスター・ ルーシエはどちらにおいでですか?」 「申し訳ありません。シスター・ルーシエは、都にいないのです。」 それは意外だった。行き先を問えば、ルーシエはゲフェンへ向かったという。何やら、深刻そうな様子だったとも聞いた。何があったの だろう。心配になる。けど、レナさんが付いているじゃないか!そう思うことで、俺は不安を心から追い払った。しかし、会えないとは 残念だな。 「あっはっは!ザンゲかと思ったら、グチを聞かせに来ただけじゃないか!」 ルーシエならこんな風に、俺の悩みなど笑い飛ばしてくれただろうに。 そんなことを考えつつ、祈祷席に膝をつく。荘厳な賛課が、いま静かに始まったのだ。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------  大聖堂に、聖歌の声が響き渡る。もう長いこと祈っているはずだが、その幻想的な調べは、時間の流れを忘れさせた。ついつい、目的 まで忘れそうになる。そうだ。俺は普段一顧だにもしない、神と対話できたらと願って来たんだった。いつも大して気になどかけていな いのに、こんな時だけ熱心に祈りかける。神も、そんなご都合主義につき合って下さる気はないみたいだった。当然といえば当然だが、 いくら祈っても何の啓示も降りては来ない。その間にも、聖歌の妙なる調べは絶え間なく心に染み込んで来る。そのおかげだろうか。何の 焦りも感じない。いつの間にやら、俺は何かを願うわけでもなく、ただ祈り続けていた。 どれくらい時間が経ったのだろう。唐突に、聞き覚えのある電子音が、静かに頭に響いてきた。電話の音だ。 なぜだろう?少しも意味が分からない。しかし、ここ数日の出来事のおかげで、どこか肝が据わってしまったのだろう。俺は、やがて 落ち付きを取り戻…せなかった! 「おはwwwwwww」 回線の向こうで、電話に出る音がしたかと思えば、いきなりハイテンションな挨拶が頭に木霊してきたのだ! 「え…?あ…お、おはようございます。どなた様で?」 「ちょwwwww おまwwwww そっちからwwww呼び出しといてwwwwイミフwwwwwうぇwwww」 あまりにも想定外の展開に、思考がついて来ない。それでもどうにか、事態を飲み込もうとして、混乱した頭はさらに高速で空回りする。 その結果導き出した答えは。、我ながらあまり論理的じゃなかった。 「あの…神様でしょうか?」 「俺wwwwオーディンwwwwヨロwwww」 え、オーディン? その神殿は、いわば敵地のど真ん中。強力なモンスターの徘徊する辺りにあったはずだ。こちらの祈りに応えてくれるとしたら、それは 大聖堂の神だとばかり思っていた。 「初めまして。こうしてお話できるとは、光栄です。取り乱してしまい、すみません。その、意外でしたもので…。」 「うはwwwwwwお前らの神wwwww二日酔いwwwww俺の隣りで寝てるwwwwおkwwww」 な、なんだって!宴会でも開いていたのか知らないが、なぜこの世にロクでもないことばかり起こるのか、その理由を垣間見た気がする。 しかし、こうして回線(?)も繋がったことだ。山のような疑問を、今こそ切りだそう。 「必要wwwwwナサスwwwww俺、ネ申wwwww全てお見通しwwwwうぇwwwww」 おぉ、それなら話が早い!では、俺はこれからどうすれば良いのでしょうか? 「知らネwwww祈れwwwww」 え、だから俺は、こうして祈って…(ガチャ)ちょwwwwww おまwwwwww ついつい、オーディンのテンションが乗り移ってしまう。敬虔な気持ちなど、どこかへ吹っ飛んでしまっていた。なぜだろう。急にチェーンソーが 欲しくなって来たぞ。とにかく、こうして俺と神との対話は終わった。何ら、収穫を得ることもなく。 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- *生体萌えスレWiki、専ろだの「生体と愉快な神々シリーズ」の作者様へ。 事後報告で大変恐縮ですが、貴方の作品から、オーディンのキャラを無断でお借りしました。ひとたび読んでしまっては、オーディン様のイメージが他に浮か ばなかったからです。すみませんでした。これをささやかなオマージュとして、ご寛容頂ければ幸いです。