「いやあああっ!!!何よ、何なのこれぇっ!!!」 「落ち着けよ、落ち着けって!」  悲鳴が聞こえた。プロンテラの東、ギルドの溜まり場もあるのだろうその場所で女が恐慌を起こし、男がそ れを宥めている様子で。それを何事かと見る、冒険者。  私がその二人を見たのは偶然で、プロンテラの北東、マンドラゴラのいる場所で植物の茎を取りに行ったそ の帰りだった。  アルコールの材料となる植物の茎はそこそこの値段で取引されるので、生きるためのお金を稼ぐにはモンス ターも弱く、プロンテラから近いこの場所は丁度よかった。  その帰りに先ほどの二人を目にしたのだ。  叫んでいるのは長い緑色の髪を持つプリーストと、宥めているのは金髪のチェイサー。  一目見て異常なのは良くわかる。胡散臭そうに二人を見る冒険者達はひそひそと声を交わしている…らしい。 恐らくギルドチャットだから外には聞こえないのだけど。  PTチャット、ギルドチャット、オープンチャットがどうやら使えるらしく、大変な人ごみであるプロンテ ラであっても、冒険者の声はあまり聞こえてこない。かなり不思議…と言うか不気味な状況でもあった。 「ねえっ!!!ありえない、ありえないよっ!!!  どうして、どうして私たちここにいるの!?」 「知るわけ無いだろ?そんなこと。  でも、叫んでおかしくなるのはまだ早いじゃないか」  眉を顰める。この世界にいるのなら、変な会話だ。ここ、プロンテラ東は決して辺鄙な所じゃない。それに その会話も妙すぎるし。  厄介ごとに巻き込まれるのは御免被りたかった。なので、無視をして通り過ぎようとその横を通った時、 「なんで、ROの格好してるの!?なんでROの世界にいるの!?」  プリーストの声に、私の足が止まった。 「目立つから、離れた方が良い」  足を止め、囁くようにプリーストに言う。 「ここ、ギルドの溜まり場もあるし、そんな事叫んでいたら狂人扱いされる」 「………あ、あんた…は…?」  囁き声にチェイサーは呆然と私を見た。  係わり合いにはならない方が楽かもしれない。それでも私はただ一つ、気になるその事を聞きたかった。 「いいから、人の居ない所に行こう」  そう言って歩き出す。呆然としたチェイサーと、訳がわからないと言うような顔のプリーストは顔を見合わ せて、そして私の後についてきた。  足を止めたのは、東門から南に離れたその場所で、辺りを巡らせばそこには誰もいない。必要ないかもしれ ないけれど、私は頭上の鷹に辺りを促すよう指示をする。スキル、ディテクティング。 「…あなた達は、何処から来た?」  人と話す時固い口調になるのはそんなに他人と会話した事が無いから。そう問いて振り返れば、チェイサー は目を丸くして、私を凝視する。 「…一つ聞いて言いか?」 「何を?」 「あんたは…ここの人…か?」 「違う」 「………まさか、って、事はまさか、本当に…、ここはラグナロクの世界だってのか…?」 「…やっぱり、紛れ込んだ人だったのか」  予想通りの答えに私は小さく息を吐いた。同じ境遇にあった人を見るのはこれが初めてで、でも、その異様 な様子は初めて見る人であってもすぐにわかった。 「ねえっ!!!」  困惑の顔のプリーストは私の腕をきつく掴む。 「本当にここはROの世界っ!!?どうやったら帰れるの!?」 「……知らない」  プリーストの言葉に一言だけそう答える。帰る手段を知っているのなら、場合によってはもう私は帰ってい る。その手段が無いのだからこうして目の前のプリーストと会話しているのだ。 「参ったね。どーやら夢じゃないっつーことらしいし?  となると、ここで生活する手を考えなきゃいかんなー」  プリーストと違いチェイサーは楽観的な思考の持ち主なのだろう。そうぼやいて辺りを見渡していた。 「…そんな悠長なこと言ってる場合じゃ…っ!!」 「だってしゃあないだろ。このハンタちゃんが帰り方を知らないっつーんなら、どうしようもねーしなあ。  長いんだろ?この世界」 「さあ、ひと月ほどが長いと言うなら、長いかもしれない」 「ほらみろ、ひと月だぞ?ひと月もいるんだぞ?  となりゃあ生活手段を見つけなきゃどーしようもないって」  飄々と口を開くチェイサーに、プリーストは信じられないものを見るかのように、チェイサーを見下ろす。  そのやり取りに、聞くだけの事は聞いたので、私はそのまま立ち去る事にした。  なんにしても赤の他人、人と接する事を得意としない私にはこれ以上ここにいる意味が見出せない。  踵を返し、プロンテラに向かう。  と、ざ、ざと足音が後ろから聞こえた。  振り向けば先ほど座り込んでいたチェイサーが私の後を付いてきているようだ。 「……何か用?」 「ハンタちゃんはこの世界の事知ってそうだし、まあ助けると思っておれ達と一緒に動かない?  おれ、チェイサーだし、こっちはプリーストだし、かなりお買い得だぜ」 「………生きるだけなら、別に…」 「何言ってんだよ、来たからにはどーんとでっかい事したいと思わね?  いつか帰って、こんな波乱万丈な事をしたんだぞって言えるくらいのさ」 「…興味、無い」 「……おい、お前からも言えって!」 「う、うん。  ね、ねえハンタさんっ!どうか私たちを助けると思って、お願い一緒にいようよ〜〜」  上目遣いのプリーストに私は眉を顰めた。別に不快になったわけじゃない。どう接すればいいのか判断しか ねていたのだ。 「…私は…」  ややあって口を開く。 「あなたたちの間に入れるほど無神経じゃない」  一組の男女。その態度は近しいもので、その軽い応酬でも互いの信頼関係が判るほどで。あてつけられる気 はなかった。 「おれ達の間って…」  私の言葉にチェイサーがプリーストを見た。そのチェイサーを無視して私は言葉を続ける。 「この世界はゲームと変わらない。直ぐに馴れる。  転生、しているんだろう?ROの事は慣れてるんだろう?」 「あ、マテマテ。なあハンタちゃん。  おれ達の間ってどう言うこった?」 「…相方同士…、恋人関係だろう?」  眉を顰めてチェイサーを見る私に、待ってよ!と慌てた口調のプリーストが居た。 「わたしとコレが、恋人ってなんの冗談!?  兄ちゃんよ、これ、私の兄ちゃんっ!」 「うわ、お前兄に向かってコレとは何だっ!?」 「いいのよっ!「コレ」で!  だから気にしなくていいんだよ、ハンタさんっ!」  何故か必死な形相で私を見るプリーストに私は首を傾げていた。 「…それでも、私は…」  賑やかな二人。私とは全く違う性質の二人。どう接すればいいかわからないまま私は俯く。 「なあ、ハンタちゃん。一人より二人、二人より三人ってさ、頼むよ。  ハンタちゃんの都合もあるのはわかってっけど、こんなわけのわからない場所だったらさ、力をあわせたい ってのはおれの我侭かねえ?」 「……そう言う事は、無いのだが…」  確かにチェイサーの言うとおりだ。この二人はこの世界で得難い仲間である。そして職もチェイサーとプリ ースト。先ほどチェイサーが言ったように「お買い得」には違いない。  それに、一人でいるのはやはり辛い。  だけど、尻込みする。人付き合いは得意ではない。余計な事を色々と考えて、悪い方向に思考を持っていく。  …でも…、でもこの世界には私は発作は起さない。今まで懸念していた事で身を引く必要は何処にあるだろ う。友人を作るきっかけを自分から失くす事は無いのではないか? 「…わ、私は…、私には、この世界の名前がある…。  だから『ハンタちゃん』…などと呼ばないで欲しい」  手を握り、顔を上げ、そして私は勇気を出して、そう告げていた。  あれから時は過ぎ、気がつけばROの世界に入り込んだ人間をちらほらと目にするようになり。  先のプリーストのように恐慌をきたし不審者として、騎士団に連れて行かれそうになった人を保護したり、 魔物に襲われ右往左往している人を助けたり、そうこうしているうちに、私の周りにはこの世界に来てしまっ た人が増えていた。  ギルドを作ろう、と言ったのはチェイサー。  私はてっきりチェイサーが作るものだと思ってたのに、チェイサーはエンペリウムを私の前に差し出し、 「頼むよ」とそう言った。その頃には私の方もある程度対人の処世術もこなせるようになり、呆れた顔で仕方 が無い、とエンペリウムを受け取った。  技術の面ではチェイサーの方がずっと上で、私には分不相応だとは思った。思ったが、チェイサーがそう言 うならば受けなければいけないと、何故かそう思っていた。  エンペリウムを見て、そしてチェイサーを見て…、私は空を仰ぐ。  ギルド名は、決めていた。 「…/guild ―――――」 「どーした?」 「少し、昔のことを思い出していた」 「昔?」 「他人が聞いたら、嘲笑されるような、昔の事だ」  開けた窓から風が入り、カーテンが緩やかに舞う。  少し白みがかった青い空。それを見て私は一つ息を吐いた。  抜けるような青空はここには無い。あの場所で見た空と、この空は全くの別物だと理解している。それでも 空を見上げて思い出すのは、あの世界の事。 「…すまなかったな」 「貴方が謝る事じゃない。もう、終わった事だし…それに、用意された結末はハッピーエンド、でしょう?」  今私はここにいる。自然の少ないこの場所は、便利はあるけど自由は少ない。それでも戻るべき本来の世界。  そして、驚いた事に私から病はなくなっていた。  確かに長い間眠っていた事もあり動けない身体ではあったが、幼い頃より蝕まれていた病は完全に治ってい た。彼が言うには頑張ったご褒美だ、と言うが、正直私は大したことをしていない。 「……久しぶりに皆に会いたいね」 「あー、結婚式以来だしなあ」  私の言葉に男の視線は私と同じ空を見上げる。あの世界でチェイサーだった男、……私の夫。 「それに報告したいしなー。  親父だぞー、おれ、親父になるんだぞーってさー」  にまにまと笑う夫に私は苦笑を漏らす。ああ、親ばか決定だ。なんだその締まりの無い顔は。 「まだ先の話じゃないか」 「先でも早く報告してーんだよっ!  おれとお前の愛の結晶をだなあ…」 「恥ずかしいことを言うな、馬鹿」  私は軽く夫を小突き、そして再び空を見る。郷愁の念に惑わされるつもりは無い。だけど、いつか探しに行 こう。  子供の頃見たあの空を、あの世界の空と同じ、青く蒼く抜けるその空を、彼と、そして子と一緒に探しに行 くのだ。 覚えている方はお久しぶりです。 初めての方は初めまして。 なんとなく書いてた話がフォルダの中にあって、つい読み返して、自分は一体何を書くつもりだったんだろう ?と首を傾げつつ、出来上がったお話です。かなり不親切設計です。 何が一体どうなって?と思った方は申し訳ありません。詳しくはあの話を読んでくださいと言いたい所ですが 長編も長編だから、あまりお勧めできません。自分も最初から読んだら3時間は時間潰れますし。 箇条書きっぽい中身で申し訳ありません。名前を出さない一人称はかなり難しいです。知ってたはずだろう、 自分_l ̄l○ それでは、またいつか。ひょっこり顔を出させていただきます。