大聖堂の門を抜けると、暁の光が夜明けの町を美しく染め上げていた。 しばらく楽しんでいたいくらいの光景だったが、俺の耳目はすぐ目の前の物音に奪われてしまう。 ペコペコに引っ張られた荷車が、何台も大通りを走り抜けていく。積んでいるのは、秣や食糧だろうか。 城に出入りする人の数も、普段より多いみたいだ。さらに街路の脇には、たくさんの人が集まっていた。 市民ではない。騎士、クルセイダー、ハンターにプリースト…それに都の兵士もいる。同じ職業に就いている者同士が、さらに 小さなグループに分かれて固まっている。まだ朝も早いというのに、何事だろう。 とりあえず気にしないことにして、城門へと近づく。その近くに十字軍士の一団がいた。同業者としての親近感を感じつつ、その 傍を通り過ぎようとした時のことだ。 「おぉ、クラウス!お前もついに、召集されたのか?」 ユベールの声だ。 「ユベールじゃないか!おはよう。召集だって?いや、何の知らせも受け取っていないんだが。」 「そうか。まあ、色々とあったしな。酒に酔って店を壊すような奴に、令状なんて来やしないか!」 冷やかす声は、ルーファスのものに違いない。思わず赤面していると、ユベールが戦友をたしなめる。 「おいおい、もう許してやりなよ。普段から、あんなにハメを外すような奴じゃないだろ。」 「そうだったな。お前があんなことをするなんて。『なかなか参陣が許されないから、クラウスは不貞腐れております。』 とでも隊長に報告してやろうか?」 「待て!それを隊長が真に受けたら、ますます原隊復帰が遠のいちまうだろうが!」 からかわれている当の俺は、すっかり置き去りにされていた。どこから突っ込んでいいのか、分からないで黙っている。 ただ、だんだんと自分の置かれている立場が分かって来たような気がする。色々あって、なかなか参陣が許されないだって? クラウスめ、過去に何かやらかしたな。恐らく、俺自身に覚えがあることの他にもだ。しかし、あわてる必要はない。 これから行く先で、調べればすぐに分かるだろう。それよりもだ。 「それにしても、今朝の空気はやけに物々しいな。何があったんだ?」 「おいおい。蚊帳の外に置かれちまってるからって、そりゃないぜ。見りゃ分かるだろ?」 「寝ぼけてるんだったら、顔でも洗って来い。やっと、部隊の再編が済んだんだよ!」 ユベールとルーファスが、交互に答える。そうだった。そもそも再編のために、二人は前線から下がって来てたんだっけ。 それが済んだということは、また戦地に戻るのか。 「今度は、どこへ送られるんだ?」 「知るか。まあ、またゲフェン方面だろうな。ヨルク達も、まだそこに残ってるし。」 「ああ。早く戻ってやらないと!オークにゴブリン、コボルド族にグラストヘイム勢…あいつらだけで、これだけの敵に向き合ってる と思うと落ち付きやしねぇ。」 ユベールの推測に、ルーファスが心配そうな顔を見せる。無遠慮な彼も、こういうところがあるから憎まれないんだろうな。 そんなことを考えていると、ユベールが俺に向き直って優しい言葉をかけてくれた。 「クラウス、令状がないなら無理に参加しようとするな。それに俺達が行くとなれば、ヨルクの奴もようやく休暇がもらえるはずだ。 二人で、マルティナさんのそばにいてやれ。」 「そうだぜ、クラウス。どうしても来たいってんなら、後から追い付きゃいいさ。今、無許可でついて来てみろ。主計士官殿が、兵糧の 割り当てがどうの、こうのと渋い顔をするに決まってら。」 後から追い付く頃には、戦いで人が減るから問題ないって意味か?ルーファスめ、サラっと恐ろしいことを言ってのける。 しかし、ルーファスはシビアに現実の一端を指し示しただけかも知れない。クラウスもまた、過酷な状況に何度も向き合い、乗り越えて 来たのだろうか。思わず、心の底から声が出る。 「ユベール、ルーファス、ありがとうな!無事に帰って来いよ。その時は、みんなで飲もうじゃないか。」 「お、マルティナさんの手料理が頂けるのか?そいつぁあ楽しみだ。」 「おいおい、ケガひとつ負う気になれなくなって来るじゃないか。手柄なんて、他の奴に譲ってやるさ。」 もうその場には、緊張感も悲壮感もなかった。戦いに行く前だとは、とても思えない。三人で大笑いを上げた後、俺は同僚と別れて 城内に入って行った。 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------- クルセイダー隊の詰め所の資料室に居たのは、実直そうな女性の同業者だった。 デスクワークに長いこと取り組んで来たのだろう。眼鏡が似合う。 「あら、書状ですか?それなら直接、総長にお渡し下さい。」 「お言葉ですが、これは貴女宛てであります。」 「あら、私に?ラブレターにしちゃ、ちょっと堅苦しいわねぇ。」 見かけによらず、冗談も通じそうな人だな。彼女は封を切ると、一通り目を通してから俺の顔をじっと見つめてきた。 「どうしたんです?まさか、『この書状をもって来た者とデートすべし。』とでも書いてあったんですか?」 「惜しいわ。ちょっと外れね。」 そう言うと、書状をこちらに向けて内容を見せてくれた。 「この書状を持参した者に、人事に関する書類の自由な閲覧を許可すべし。」とある。 これは、驚いたな。広く解釈できる文面じゃないか。与えられた権利の根拠すら、記されていない。道理で、顔を見つめられたりするわけだ。 「それじゃ、ついていらっしゃい。」 受付の奥にあるドアを抜ける。案内されたのは、机と椅子の置かれた小部屋だった。その奥にはさらにドアがあり、「立入禁止」の札が下がっている。 「貴方はここに居なさい。見たい資料は、何でも取って来てあげるから。」 「ありがとうございます。それでは私自身のファイルを持って来て下さい。」 「あらあら。誰だって、自分の評価が気になるのね。」 軽口とともに彼女はドアの向こうに消え、頼んだ資料を持って来てくれた。 --------------------------------------------------------------------------------------------------------- 心なしか、身が強張っている。いよいよ、自分の知らないクラウスの一面を覗き見るのだ。 意を決して、表紙をめくる。最初に目に映ったのは、甲冑に身を包んだ男の上半身のSSだった。頭装備は付けていない。 何のことはない。自分の物だ。その脇には名前が添えてある。続いて住所や血縁者の氏名が記されていた。 何か、メモを取れる物はないか。よく見てみると、机には引き出しが付いている。開けてみると、中には紙と筆記用具が 入っているではないか。ありがたく拝借すると、知りたい情報を書き写しに掛った。 父の名前は…と。ほう、同業者か。母の名前はどこだ?書いてない。クルセイダーではないからかな。まあ、住所は分かったのだ。 調べようはある。それにしても、おかしいな。同じ十字軍士と思われる、ヨルクの名前がない。マルティナの名前もない。 二人とは、血が繋がっていないのだろうか? どうにも腑に落ちないが、とりあえず先に進む。そこには、クラウスの経歴が記されていた。 彼はノービスから剣士になった時、軍に入営したらしい。ソードマンとしてのキャリアは、そこから始まっていた。 当時の上官と思しき人物の筆で、コメントが添えられている。剣士クラウスを人材として、どう活かすのか。そのような観点から 書かれたものだった。俺はその内容に、目を奪われる。 「…彼の両親は、モンスターに殺害されている。そのため、揺るぎない忠誠心を期待できる。事実、その勤務態度はこれまで期待を 裏切っていない。ただし個人的な復讐心を満たすため、独断専行する懸念あり。注意されたし。」 「…口数は少なく、心中を察するのは困難である。そのためか、周囲と打ち解けるまでに時間を要している。」 これまでに、この世界の人から聞いてきたクラウスの人間性が行間から垣間見える。それにしても、両親がモンスターの手にかかった なんて。誰もが指摘する、彼のとっ付きにくい性格はこの辺りに原因がありそうだ。 さらに、先を読んで見る。年表式に、クラウスの軍歴が列挙してあった。 そこから読み取れるこの世界の惨状に、思わず目を覆いたくなる。戦役に次ぐ戦役。魔族と人間の激しい争いが、一個人の記録から その片鱗を見せていた。クラウスはその中で七回の遠征に同行し、記録に残っているだけで三十回を超える戦いを経験していた。 ただ、資料には 「○○年 △月■日、○○の戦いに参加。」といった記述が並んでいるばかり。しかもクラウスのキャリアが浅いうちから記録が 残っている。つまり、これらの戦闘の全てで矢面に立ち、敵と白刃を交えたわけではないのだろう。後方で負傷者を看病したり、 物資の運搬を手伝っただけでも参加した数に入るみたいだった。その間にも、クラウスの上官となった人達の手でコメントが 添えられている。 「…戦友の中でも、ヨルクとは特に堅い絆で結ばれている模様。彼の言うことは、何であれ素直に受け止めている。クラウスを心服 させるには、ヨルクを通せば早い。」 さすがは人事資料だ。クラウスという人間の操縦法も、率直な表現で書きとめてある。苦笑いせずにはいられなかった。 誠実に勤務しているように見えて、あまり素直ではなかったのかも知れない。 気を取り直し、年表に目を戻す。クルセイダーの末席に加わることを許されたのは、三回目の遠征が終わった頃だった。そしてまた、 しばらく無味乾燥な従軍の記録が続く。その頃のクラウスが何を思い、どうしていたかは分からない。切れぎれと、上官のコメント が残っている程度だ。評価は、十字軍士になってからも少しも変わらない。真面目だが、なかなか人と打ち解けない様子は剣士の 頃と同じだった。一方、上官は、彼に気を許していない。転職してからさらに任務に積極的となったことを認めつつも、いまだに個人的 な復讐の念を捨て切れていないように見えることが、その理由だった。 ともあれ、クラウスはキャリアを重ねていく。その日々に大過はないようだったが、特に功績もない。 うーん、困ったな。そろそろ、めくるページもなくなってきたじゃないか。 クラウスという人物については、確かに色々と情報を得られた。しかし、肝心なことは分からないままだ。なぜ、俺はこの世界に来たの だろう。その問いへの手がかりになりそうな記述は、まだ見つからない。 半分あきらめつつ、軍歴の最後の数行を読んでいく。 「○△年、□月▽日、ゲフェン戦線における命令違反の容疑で逮捕。軍法会議を招集す。」 「同年□月○日、証拠不十分につき無罪釈放。」 「同年□月▲日、予備役に編入す。」 頭を殴られたかのような衝撃を受け、俺の目はそこに釘づけになっていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 読者の皆様へ 唐突ですが、クラウスのスキル構成を、ここに挙げておきます。 ご参考までにどうぞ。 ttp://uniuni.dfz.jp/skill3/cru.html?10IXpKcK6sHQfY