(10スレ125の続き) いやあ、まさか自分に逮捕歴があるなんて思いもしなかった。 しかし心が落ち着くにつれ、だんだんと自分の境遇について考える余裕が生まれて来る。 無罪放免になったにも関わらず、程なくして予備役に編入か。その処遇からは、クラウスの微妙な立場が透けて見える気がした。 有罪にこそならなかったものの、クラウスを赦していない人がいるのだろう。なら刑に服さずに済んだのは、なぜだろうか。 罪を立証できなかったのかな?それとも、彼をかばう人が居たのか。そもそも、何をしでかしたんだろうな。 それは、人事資料に記されていなかった。 新たに浮かんでくる数々の疑問を胸に、受付まで戻る。担当の女性に聞けば、軍法会議の記録は別の場所に保管してあって、普通の 人事資料とは扱いが違うのだと言う。むう。ならば俺に、それを閲覧する権利はなさそうだ。 でも、滅多に得られないような許可をもらってるんだ。何か、他に調べられることはないかな?そうだ。まだあるじゃないか。 気を取り直して、担当者に希望を伝える。持ってきてもらったのは、十字軍士ヨルクの資料だった。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- クラウスが絶大な信頼を寄せているヨルクとは、どんな人なんだろう。その個人情報に、本人の許しなく目を通すのは気が引ける。 でも、背に腹は代えられない。クラウスと親しい人であるからこそ、俺はいざその人に会った時、違和感を抱かせたくなかった。 あれ?この人、クラウスと住所が同じだぞ。ということは、家族なのか?しかし、名字は違う。つまり、同居人なのか。 二人の資料を見直してみる。果たして、緊急時の連絡先にはお互いの氏名が書いてあった。 同居人といえば…もう一人いたな。マルティナという女性だったか。しかし今のところ、資料にその名は出てきていなかった。 とりあえず、先を読んでみよう。 ひと通り読み終わるまで、一時間くらいかかっただろうか。それにしても、ヨルクの資料は、興味深い。 特に目を引いたのは、クラウスとの共通点が多いことだ。住所だけじゃない。剣士になり、軍に入隊した日付や配属された部隊まで 一緒だ。驚いたことに、ヨルクの両親もまたモンスターの犠牲になっていた。年齢も近い。クラウスより一つ上か。 クルセイダーに叙せられた日付も、クラウスより数日遅いだけだった。そして二人はクラウスが予備役に就くまで、どこの戦場でも クツワを並べていた。その全てが、二人の絆を深めていったんだろう。 ここまで共通点が多いと、逆にクラウスとの違いが分かる記述も印象に残る。 まずは人柄だ。上官は、ヨルクの温和で社交的な性格を称えていた。献身的で自分より他人のことを優先するため、同僚から好かれて いるらしい。無口で打ち解けない人物だと思われていたクラウスとは、大違いじゃないか。そのおかげだろうか。懸命に任務に励む ところはクラウスと同じだが、ヨルクは上官の信頼を勝ち取っていた。ただ剣士だった頃、ある人はこう書き残している。 「…ヨルクが戦友のクラウスに向ける心情は、『忠誠心』と呼んでも差し支えない。あくまで軍の指揮系統に忠実であるよう、充分に 指導する必要があるだろう。」 忠誠心?これはどういう意味だろう。クラウスが年長者に敬意を払うのなら、まだ分かるんだけどな。 「…自分よりも他人、中でもクラウスを立てる傾向がある。ヨルクの貢献を評価する際には、彼ひとりの言葉を鵜呑みにしてはいけない。」 とまで書いてった。ひょっとしたら、二人は何か特殊な関係にあるのかも知れない。でもそれを具体的に示す記述は、どこにも見当たらなかった。 そういうわけだから、これまで資料に名前も出てこなかった「ティナさん」ことマルティナが、ヨルクの妹だと分かった時には少し 驚いてしまった。 部下の多くが口にするその名前について、上官もまた興味を持ったらしい。それでヨルク本人に聞いてみたところ、そんな名前の妹が 居る、と語ってくれたそうだ。 「…一民間人ながら、その妹御には感謝しなければならないだろう。彼女のおかげで部隊の誰も無茶をせず、生還を考えながら行動して くれるのだから。」 上官はその文章を、好意とともにそう締めくくっている。 兄のヨルクはそんな周囲の好意と信頼に、応えるほどの実力も備えているようだ。数多の戦いをともに乗り越えてきたクラウスが、 ついに特筆に値する戦功を立てられなかったのに比べ、彼は全体で三回ほど、小なりといえども功績を認められていた。戦友達から 見れば、何とも頼もしい人だろうな。 しかし妹さんには気の毒なことに、ヨルクもまた戦場と後方を忙しく行き来する、現役軍人の定めを免れないでいた。クラウスが予備役に編入 され、離ればなれになってしまった後もたびたび遠征に参加している。当然あまり都には戻れず、今なおゲフェンの戦場に身を置いているんだ。 彼の境遇には、心が痛む。思わずため息をつきながら、俺はファイルを閉じた。とりあえず、今はここまで分かれば充分だろう。 様々な思いが頭を巡る。正しいかどうかは分からないが、クラウスの苦悩が原因でこの世界に来てしまったとしよう。彼を苦しめた のは、いったい何だったんだろうか。モンスターへの復讐を願いつつも、恐らく左遷のため予備役に回されてしまった無念か? いや、それはどうも違う気がする。その日から俺がこの世界で目覚めるまでに、時間が経ち過ぎているじゃないか。それに、同じく 両親を殺されたヨルクが、まだ前線に立っている。友を信頼していればこそ、復讐も彼の手に託してもいるだろう。ならば、 クラウスは自分が戦場に行けないことを、我を失うほど苦にしているはずがない。また、冒険者としてモンスターと向き合う道も 残されている。むしろ冒険者ならば、戦場暮らしの長い現役軍人よりも、プロンテラのティナさんを支えるのは簡単なんじゃないか? 案外、三人ともクラウスの身に降りかかった災難が、福に転じたとさえ思ってるかも知れない。 ではなぜ、クラウスは都の家を飛び出してしまったんだろう。考えれば考えるほど、分からなくなってくる。肝心なピースを見つけられないまま、 パズルに挑んでいるような気分だ。 考えをまとめつつ、大きく吸い込んだ息を一気に吐き出す。決めた!ここは腹を括るしかない。家に帰ろう。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- そうと決まれば、後は行動に移すのみ。クルセイダー隊の詰め所を辞すと、俺はまず宿屋に戻った。 今日までの二人の宿代を精算すると、ノウンを探す。彼はまだ、狩りから帰っていないようだ。ならば、手紙を残して行こう。 自分の行き先を記し、今日から宿には泊まらないと伝える。いつでも好きな時に訪ねてくれれば歓迎する、とも書き添えた。 もし充分に広い家だったら、いっそ我が家で寝泊まりしてもらうのはどうだろう。 そんなことを思案しつつ、ひとまず狩りに出る。最悪の場合、家族と言ってもいいような人を置いて家を飛び出し、そのまま 何日も放置してしまった可能性があるんだ。手ぶらじゃ帰れまい。気ままにペコを走らせ、ついに定めた行き先はアルデバランの時計塔。 アラームを叩きながら、プロンテラの宿にひと月は泊まれるだけの資金を稼いで塔を出る。その頃には、日がだいぶ西に傾いていた。 無形の敵ばかり相手にしていたおかげで、戦っていた時間の割には身なりが整っている。狙い通りだ。他の系統の敵と渡り合っていたら、 装備の汚れを落とすのがさらに大変だっただろう。それに時間をかけるよりは、一分でも長く狩って少しでも多くの稼ぎを持ち帰り たかったんだ。 太陽がだいぶ沈んで町が夕焼けに染まる頃、俺はプロンテラの城門をくぐることができた。ふう、何とか暗くなる前に着いたな。 厩舎であの不遜なペコに別れを告げると、夕日に映える都の町並みを楽しみながら自宅を探して歩く。どの家からも、夕食の香りが 漂い始めていた。思い出したかのように腹が空きだす。いけないな、早いとこ家を見つけないと。メモした住所には、もうすぐ着くはず。 町並みを確かめるように辺りを見回せば、連なる建て物の末端、三方を通りに面した家の、開いた窓から誰かが遠くを眺めている。若い女性 だ。二十歳になるか、ならないかってところか?その表情はどこか物憂げだ。窓枠のすぐ下に設けられている花台で、見事に咲き誇る花々は、 彼女が世話をしているんだろう。でも今は、それさえ眼中にない様子。夕日に照らされた窓際の花と、憂いを浮かべた女の子の顔。不謹慎 ながら、それは絵にでも残したくなるような美しい情景だった。俺は思わず、見とれてしまってたらしい。 ふと目が合うと、彼女は目を丸くして窓の奥へと消えた。 ん?あの反応は何なんだろう。驚かせてしまったみたいだが…。まさか、俺を知っているのかな?