「こんにちは!お久し振りですっ!!」 俺は店内に入り、元気よく挨拶をした。 「おwwいらっしゃいww」 返事をくれたのはカウンターで新聞を読んでいたトウガ。 この世界にも新聞ってあったんだ…と思いつつ、そういえば リヒタルゼンには新聞社があったなぁと頭によぎる。 「ユキー、フィズが帰ってきたぞーww」 店の奥に声を掛けると、ドタバタとせわしなくユキさんが 走って出てきた。 「お帰り!…あ、あれ?フィズちゃんって…」 ユキさんが俺をまじまじと見つつ、不思議そうな顔をする。 「てっきりアコになると思ってたんだけどなー?」 首を少し傾けながら、ユキさんは俺をゆっくり抱きしめてくれた。わぁい。 ちなみに俺が転職したのはマジ。目標は廃WIZ。 アコになることも考えたが、ニーナ時代に廃プリを 経験していたので今回は他の職で選んでみたわけだ。 「で、なんでマジなの?」 ユキさんが少し顔を離して聞いてきた。 「いえあの、昔の知り合いで素敵な廃WIZさんがいて、その方に  憧れておりましてー。」 もちろんユキさんのことだが、本人を前に言うのは恥ずかしい。 「あ、そう?えへへ、照れちゃうな♪」 頬に両手を当て、くねくねしながら照れるユキさん。 「おいおいwwなんでお前が照れるww」 トウガの突っ込みに、ユキさんは我に帰ったように頭をかいて照れ隠しをした。 「あ、そうそう。言ってなかったと思うけど私、廃WIZなんだよ!」 ユキさんがえっへんと言う。知ってはいたが、フィズさんでは初聞き。 服装は普通にお店の店員さんなので、本人が言うまではわからない設定だ。 「お、おお!そうだったんですか!先輩ですね!!」 わざとらしかったかなとも思ったけれど、一応そんな流れに持っていく俺。 「じゃぁこの一ヶ月、転職試験とか授業で忙しかったんだねー。」 頷きながら言うユキさん。 転職試験の物集めはゲーム通りだったがその後が少し違い、 初歩スキルの勉強や講義、実践などで時間的に拘束されていたのだ。 ついでにその料金も発生していて若干の借金を背負っていたりする。 「ちょっと稼がなきゃいけないので、バイトで雇ってもらえませんか?」 できれば一ヶ月前の好意に甘えたいところだった。 「うん、喜んで♪」 明るく言うユキさんだったが、店の中を見回してこう続けた。 「…でも信じられる?今、営業中なんだよ…?」 お昼を少しまわった頃、店内には客が一人もいなかった。 「…結局誰もきませんでしたね……。」 ユキさんから借りた服を着てとりあえずバイト研修に臨んだ俺ではあったが 結局夜9時のこの時間まで客が一人も来なかった。 店内にずっといた俺ではあったが、誰も来なかった為 研修も何も あったものではない。 …というか、なんで誰も来ないのだろう? 「はっはっは…。何かお店にウリがあればねぇ…はぁ。」 ユキさんがトウガをちらっと見てため息をついた。 「そうだなww他と差別化することにより売り上げが伸びるってやつなww」 トウガが自信満々に言う。大したことは言っていないけれど。 「うーん…」 ユキさんは考えながら店内の至る所に視線を移し、そのうち俺と目があった。 「話は変わるけどさ、フィズちゃんはどんな廃WIZになりたいの?」 どんな…と聞かれても、そういう観点では考えたことがなかった。 「そうですねぇ…」 うーんと考える俺。 攻撃職であるのだから、魔法の威力が高い方がいい。 詠唱だって速い方が楽しそうだ。 思い返せばユキさんはやたら威力の高い大魔法を使ったかと思えば 超短時間での大魔法詠唱をしていたこともある。 廃WIZとしてのユキさんは、完成していた一つの形だったのだろう。 しかし。 それであっても、色々苦悩していたことは知っている。 ゲフェンで倒したローグの件。 深い怪我も負ったし、自分達だけでは倒せなかった相手がいる。 強いだけでいいのだろうか?速いだけでいいのだろうか? 特務のアキの件。 いくら強くても、姉妹で戦いあうことだってある。 そんなとき、魔法なんてものは結局手段なのだろう。 ただ廃WIZとしては、威力があり、詠唱が速いのは理想ではある。 逆に、他に目指すべきものは果たしてあるのだろうか。 「廃WIZとして…は、とりあえず強くあればいいと思うんですけど…」 ぼそっと、口に出てくる。 「…うん。」 ユキさんが静かに耳を傾ける。 「…ただ、ただですね。…誰かが困ってるときに、その力で助けて  あげられたら…最高ですよね。」 自然に思い返すのはユキさんに力を貸したとき。 ニーナを救おうとあがいたとき。 でもそれは、正しくはニーナの力。俺自身の力でもなんでもなかったわけだ。 「次は…私の力で誰かを助けられたらなって、そう思います。」 いつかまたこの世界から離れることになるだろうけれど、 恐らくまだこの世界で頑張らなきゃいけないことがあるんだと思う。 「…ぶわっ。おねーさん感動した!あんたエエ娘やぁ(うДと)」 変な方向で取り乱すユキさん。 「そっかそっか、それであるなら私も先輩として、先達として力を貸しましょう!」 ユキさんは俺の手を強く握り、うんうんと頷いている。 …うーん、くさかったかなぁ(ノД`) 「というわけでトウガ君!」 トウガを振り返り、ユキさんがにまーっと笑った。 「『Project Y』を発動させようか!」 力強く言うユキさん。 「おまww店の経営、軌道に乗るまで待つんじゃなかったのかwww」 トウガは少し慌てているようだ。"w"がひとつ多い。 「一ヶ月様子みました!このままじゃ永遠に軌道に乗りません!!」 …確かに軌道に乗る雰囲気は無い。バイト初日の俺もそう直感する。 「痛いところをwwまぁここでダメだったらラヘルあたりでやるかww」 さりげに店の引越しを示唆する発言。それって失敗フラグでは…? 「えーと、盛り上がってるところアレなんですが、『Project Y』って…?」 Xならテレビで見たことあるけども。 「実は私、色々あって廃WIZなんぞしておりましたが。」 俺をまっすぐ見る目は真剣だった。口はニヤけてるけど。 「うちの実家は魔法料理屋だったのです。」 口が"ω"になってきた。 「…まほうりょうりや?」 初めて聞くジャンルに、俺はただオウム返しをするだけだった。 「そう。修行食ってあるでしょ。あれの魔法使い版のお料理です。」 イモリとかみたいなものかなぁ、俺は現実世界の知識で思い出してみる。 「私はそれで強くなりましたが、私の妹は好き嫌いして食べなかったので  一般レベルの教授です。」 淡々と"ω"のまま続けるユキさん。 「つまり私は実家の仕事は意味があったと思うわけです。」 そしてしみじみと一呼吸。 「ただその実家のお店も訳有りで潰れちゃったのですよ、フィズ君。」 おや俺にも君付けですか。 訳有り…。ユキさんのお兄さんが殺された…件と関係あるのかな? 「えーとつまり、そのメニューをここで出す…と?」 俺の返事にユキさんは力強く頷いた。 「そそ!話が早くて助かる!お店の復活は私の夢だったの!  ……でもね、そのお料理は残念ながら…」 目を少しそむけるユキさん。そうですか、まずいんですね、わかります。 「私で力になれることなら頑張りますよ!」 この閑古鳥の鳴きっぷりは俺も心が痛いもので、何とか力になりたかった。 「ありがとう!じゃーフィズちゃんにはとりあえず最強の廃WIZを目指してもらいます。」 なるほどなるほど。 「なるほどなるほど。」 …? 「なんで?」 流れに乗った俺だったが、ふと疑問に思う。 「広・告・塔♪」 ユキさんの口が"∀"に見えてきた。 「フィズちゃんは強くなれる!私の夢も叶う!トウガの店も儲かる!  なんて一石三鳥でしょうか!」 目がキラキラするユキさんではあったが…。 「あのなww店が儲かる保障ないからやってないんだろww」 トウガの冷静な突っ込みに口を尖らせるユキさん。 「今よりは儲かるよー、きっと。」 今は儲かるどころか、経費分赤字なんだろうなぁと思う。 「わかりました、頑張ります!」 広告塔って響きはあまり好きじゃないけれど、役に立てるなら…と考えることにした。 「ほんと?ありがと!まぁ食べるだけで強くなれるわけでもないんで…  私がみっちりと鍛えてア・ゲ・ル♪からね♪」 ウィンクするユキさん。 若干いつもとキャラが違う彼女に、俺は苦笑するしかなかったわけで。 -------------------- 2009/05/17 H.N