「先生、眠いです。」 俺の声が夜空に消えていく。 「うむ、私もとても眠いのですが。」 若干眠そうなユキさんの声も夜空に消えていく。 今は大体午前3時くらいだろうか、まだまだ夜が明けるには早い時間だ。 1時間ほど前に叩き起こされ、連れてこられた場所はアルデバランの北に 伸びる橋を渡った崖の地帯。 とりあえず朝の修行をするということで連れてこられたのだが…。 「は〜い、じゃぁ最強廃WIZ計画を始めますよ〜、ふぁ…。」 壮大な計画が着手されたものの、ユキさんのあくび付きだった。 「えーと、こんな早くから何をやるんでしょう…。」 とりあえずマジの服を着てきたものの、流石に少し寒かった。 ちなみにユキさんは廃WIZの服。 久し振りに見るが、やっぱり似合ってるなぁとしみじみ思う。 「はい、そこに崖がありますね。」 ユキさんが自分の後ろの崖を指差した。 「はい、実に高い崖があります。」 崖、とは言っても傾斜45度を超えたくらいの岩場のような感じだったが、 上のほうはもう少し傾斜がきついようにも見て取れた。 恐らく上までなかなか登れるものではないだろう。 「じゃ、ここを登って下さい。」 ユキさんがさらりと言った。 「…いやいやww」 手をパタパタと振り、笑う俺。 「いえ本気です。頑張って。」 そう言うと、ユキさんはあくびをしながら近くの岩に腰をおろした。 「…まじですか?…まじなんですね。……………やってやるぁー!」 変な時間のハイテンション、というやつだ。俺は猛然と崖に走っていった。 (中略) 5時。空がうっすらと明るくなってきた。 「ぜはー。ぜはー。」 汗まみれ土まみれになりながら、肩で息を切らす俺。 そもそもなんでこんな朝っぱらから崖に登ってるの? 「はい、今日はダメでしたねー。」 そう言いながら、ユキさんは俺に近付いてきた。 「あ、あの、ぜは。これ、なんのしゅぎょう…ぜはっすか?」 普通に言葉が出てこないのはご愛嬌というものだ。 「これはー、基礎体力作りなどです!」 ドーン!という文字が後ろに出てきそうな感じで言うユキさん。 「…など……?」 ドーンの割にいまいちよくわからなかった。 「あー。魔法使いは知識だけ磨けば良いと思ってた?違うよー、違うんだよー。」 はーやれやれ、そんな言葉が似合うジェスチャーを取りながら彼女は続けた。 「とりあえず一人でもいろんな局面を乗り越える実力を付けるため!  うちでは私の経験に基づく実践主義で鍛えていきまーす!よろしくだ!!」 ユキさんの経験って、多分すごいのばっかじゃないかなぁと思いつつ 苦笑せざるを得なかった。 「…ところでユキさんはこの崖、余裕?」 息もそれなりに整ってきたところで、ユキさんに振ってみた。 「あ、疑ってるな!?じゃ先生のお手本見せてあげよう!!」 そういいつつ彼女はいともあっさりと崖の上まで登ってしまった。 しかも息をほとんど切らせていない。 「……うわぁ。」 もう反論も何もできない。 とりあえずこの崖を登れるようにならなければいけないのだ。 12時。 ベッドから起きだすと体中が痛む。傷も少しはあるが、ほぼ筋肉痛だった。 「お、おはようございます…」 こっそりと一階の店の中を覗き込んで挨拶をする俺。 「フィズちゃん遅いよ〜!初日は仕方ないだろうけどー。」 ユキさんの第一声。そう、昼は昼でバイトがあるのだ。……客はいないんだけども。 「ご、ごめんなさいっ」 謝るしかない俺。 「とりあえず10時からお仕事できるように慣れてってね。」 うっすら笑うユキさんを見ながら、10時に起こしてくれなかったのは 優しさなのかなぁ、などと思ったりもしたが…。 とりあえず夜間の予定を考えてみると、 移動を含めて2時〜6時まで修行の時間で… 仕事が10時からだから、9時には起きるとして3時間睡眠。 それだけでは当然身体がもたないわけで、2時の前に4時間くらい寝るとすると… 22時〜2時、ということになる。 「うわ、なんかすごいハードスケジュール!?」 思わず口に出す俺。 「…ん?そう?」 俺の台詞を聞いたユキさんが左右の指を使って少し考える。 「わ、ごめん、本当だ!…うーん、バイトがかなり圧迫してるよねー。  …お客さんいないのに。」 何も考えていなかったのか、困った顔をしている彼女にトウガが声をかけた。 「バイト、まだいらねんじゃね?ww」 軽く言うトウガ。 「いえあの、そうするとですね、二階を間借りするわけにはいかなくなってですね。」 生活が掛かってる俺。かなり切実だ。しかも借金もあるわけで。 「…うーん、そうだね、とりあえずお店の方は忙しくなってからでいっかー。」 しかしトウガの提案に納得してしまうユキさんだった。 話し合いの末、ひとまず俺は修行優先ということになり、ユキさんとトウガは 魔法料理の件を進めていくことになった。 ちなみにユキさんの修行は夜中だけということで、それ以外の時間は自由に 使えるとのこと。 「……とっても…居候です。とほほ。」 こぼしながら店の外に出る。 「…うーん、そうだなー、狩りで一緒できる人とか、探したいなー。」 どうにも身体が痛むので、少しでも紛らわせようと声に出してみる。 とりあえずそういうときはプロ南かな?そう思いつつカプラ転送サービスで 移動することにした。 プロンテラ南口広場は今日も大盛況。 ここにくるとどうしてもスーさんがいないか確認してしまうわけだが、 当然のように姿を見ることはできない。 「きたはいいけど、今日は狩りとか無理だろうしなー。」 筋肉痛のところを軽くさすりながら歩き回る俺。 「…あ、そういえばギルドとか、どうしようかな。」 人ごみの中の一角で、盛んにギルド勧誘が行われていた。 ただそうは言ったものの、さすがに今日は積極的に探す気にもなれず、 ひとまずそこを後にする。 「…うん、目的がないとどうもやることないね。」 自分を納得させるように呟き、次は街の中をぶらぶらすることにした。 気付けば大聖堂前。 特務にいた頃は大聖堂を中心にして動いていたこともあり、どうも足が自然に 向かってしまうようだ。 「ふむ。あのときの足とは違うから、やっぱ精神的なところなのかね?」 難しい話を考察する俺。3秒後、どうでもよくなり忘れることにした。 「…たまにはヒールとかしてみたいなぁ。」 おもむろにヒール詠唱の真似事をしても何もでず、既に廃プリでないことを痛感する。 「ヒールしたいなら、ヒルクリあるよ!買わない?」 耳元で突然声がした。 「うわぁ!?」 声の主を見ると、アコライトの男の子だった。男の子といっても同い年くらいだろうか。 「いや、あはは、お金もないですし、結構ですー。」 手を慌てて振りながら、照れ笑いをして言う俺。 「そう?僕もこれ、もらいものだから処分したかったんだけど…。」 うーんと少し考えるアコ。 「これも何かの縁だからさ、買取露店一緒に探してくれないかな?」 にっこり微笑むアコ。 俺、こういう無防備な笑顔って男だろうが女だろうが弱いんです。 「あー…そうですか?まぁ、少しくらいなら…」 アコは俺の言葉を聞いて満足そうに頷いた。 「じゃ、お願いしますね!」 踵を返して街の中心へ向かうアコに、俺はとりあえずついていくことになった。 -------------------- 2009/05/24 H.N