●ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラ   Job40を達成し、確かな手ごたえを感じた僕は、狩場である渓谷の橋から戻るとプロンテラの一角へ向けて歩いた。   雑踏を掻き分けて目的の場所に辿り着いた僕は一人の商人に声を掛ける。   「こんにちは」   「よう、今日は早いじゃないか」   「ええ、ノルマは達成したので、今日は日が暮れる前に帰ろうかと思って」   「そうかい。最近、ここら辺もまた一段と物騒になってきたからな。その判断は賢明だと思うぞ。    ……で、今日の分は?」   「これだけです。お願いします」   「ああ、少し待ってな」   今日の狩りで拾った収集品をまとめた袋を渡し、暫く待つ。   その間、先程から必要以上にざわついている周りへと耳を傾ける。   「まただ」「また殺された」「また消えた」といった言葉が人込みから聞こえる。   「最近、また物騒になってきた、って言いましたよね。何かあったんですか?」   「ああ、今日に限ったことじゃないんだが、フェイヨン襲撃事件から途端に頻発している殺人や失踪が相次いでるらしくてな。    恐らくそれのことだろう」   収集品を分別する手を休めずに商人は答える。   ここ最近の魔物の凶暴化に加えて、今回の連続殺人・失踪事件……   そのどちらもがフェイヨン襲撃事件を機に起こっている。   僕が以前予想した通り、あの事件がこの世界において何かの契機になっているのは間違いないらしい。   「何か詳細は明らかになっていないんですか?」   「最近の連続殺人や失踪については大した情報はつかめていないらしい。    被害者それぞれの関連が薄く、犯人の手がかりもまるでない。殆ど通り魔的なものとしか言えないそうだ」   プロンテラは王国の首都と呼ばれるだけあり、様々な人が多く出入りする。   無論、訪れる者が皆善人という訳ではない。中には悪意を持った者もいる。   そして何より、冒険者という一般の人から見れば荒れくれた者達がいる。   そうした互いが異なる様々な人間がいれば、当然どこかで諍いが起こる。   諍いがエスカレートすれば誘拐・強盗・殺人といった犯罪行為が起こり、それらが日常茶飯事となる。   今やプロンテラは王国有数の華やかさと治安の悪さを兼ね備えていることで有名になっているほどだった。   そんなプロンテラでも今回のことは異常な事態なのだろう。   周りの動揺の波は暫く静まる気配がしなかった。   「待たせたな。今日の分の金額はこれだけだ」   商人は収集品をまとめていた袋にZenyを入れて手渡す。   それを受け取りつつ、僕は一言礼を述べる。   「ありがとうございます。いつもすみません」   「気にすんな。殆どの収集品は俺の言い値で買い取ってもらってるんだ。俺としても文句はないさ」   商人は意地悪い笑みを浮かべ、僕はそれに苦笑する。   「じゃあな。……一つ忠告しておく。今回のことにはくれぐれも首を突っ込むなよ?」   ギクリ、と釘を刺された気分だ。   何故分かったのか聞くと「何とかしたい、って顔に書いてある」と言われた。   そんなにも自分は顔に出やすいのだろうか。   そう思っていると商人が擦れ違い様に小声で囁く。   「ここだけの話な。LV99の冒険者ですら数十名ほど殺されてるって噂だ。    剣士のあんた一人でどうこうできる問題じゃない。今回のことは忘れろ」   ここは僕の生まれた世界ではなく、見知った人もいない。   けど、過程や理由がどうあれ、僕は現にこうしてこの世界にいる。   結果的に何も出来なくても、自分の無力さを露呈させるだけだとしても、何とかしたいと思うのはいけないことだろうか?   そう思っていても、自身の言動に責任が取れない以上は面と向かって言い返せないのが現実であり、   僕は去り際に事実を述べた彼の後姿を眺めることしか出来ずにいた。   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇   そのまま宿屋に戻ってもよかったのだが、まだ日の入りまでに時間があると踏んだ僕は、   プロンテラの大通りに面した図書館で調べ物をすることにした。   ここもゲームのROにはなかった施設の一つである。   ここには広く普及されている書籍の他にも、一般に公開することが許された研究記録等も収められている。   僕は以前からここで元の世界とこの世界の関係について調べていた。今回もその延長線上である。   (…………これも違う、か)      手にしていた本を机の隅へ無造作に置く。   自分で読む必要がないと判断したページは捲るだけ捲って読み飛ばし、   自身の求めている目的に関係のありそうな情報だけを探す。   その結果、既に机には数十冊の本や資料が積み上げられているが、   僕はそれを意に介さず次々と本や資料を棚から取り出していく。   そうして取り出しては積み上げることを数十回繰り返すことになったが、   結局、欲しい情報が得られないまま閉館近くの時間である夕刻まで過ぎてしまった。   「今日も外れ、か……」   溜息混じりに呟き、最後にもう一冊だけと心に決めて資料を開く。   その資料には年間の降水量や作物の栽培方法を始めとした生活知識から、   近年増加している冒険者の数と職業分布や、人体に関する医療知識まで幅広く網羅しているようだ。   だが、それがどれだけ立派な記録だとしてもそれは僕の求めている情報とは異なるものだった。   諦めて片付けようとした時、一枚の用紙が先程の資料から床に落ちた。   それを拾い上げた時、その紙に書かれた奇妙な一文が目に入った。   "見ている。    見られている。    敵が、こちらを見て、笑っている。"   (……?)   何だろう、これは?   まだ続きがある。   "奴は全てを見透かしている。    今、こうしている事も全て筒抜けである。    そして、その傲慢さで作り変えている。    知ってしまった以上、見過ごせない。    見過ごせるはずが無い。何故なら、それは……"   ここで終わっている。   全てを見透かして、作り変えている? 何を?   いや、それ以前に"敵"とは何だろうか?   これを書いたのが人間ならば、僕の思い浮かぶ限りでは少なくとも"敵"というのは魔族か神になる。   そのどちらかが、もしくは両方が全てを見透かし、何かを作り変えているのか?   (………………)   暫く考えてみたが、駄目だ。考えがまとまらない。   この一文から何かを得るには余りにも情報が少なすぎる。   ただ、この場で忘れるには惜しい気がした僕は、手荷物の中から手帳を取り出し、先程の一文を書き写した。   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇   宿屋の自室に戻ると、机に一枚の置き手紙があった。   差出人はクラウスと書かれている。   "俺は今日からこの宿を利用しないことにした。    というのも、次に記した行き先で宿泊することを決めたからだ。    いつでも好きな時に訪ねてくれ。歓迎する。"   その一文と共に行き先が記してあった。   確か先日のユーベルさんとルーファスさんの話ではクラウスにはプロンテラに自宅があり、   マルティナやヨルクと呼ばれる人物と共に住んでいるらしいことを思い出した。   ここに記された行き先というのは、恐らくクラウスの自宅なのだろう。   しかし、ここに自分が行っていいものだろうか。   先日の話を思い出す限りでは、クラウスはプロンテラに戻って以来、一度もその自宅へ帰ったことはないらしい。   僕とクラウスがフェイヨンからプロンテラに戻って一年余りが過ぎている。   それだけの時間が経過してから家族との対面を果たせば、両者にどんな空気が流れるのかは想像するに容易い。   そこへ自分が介入するのは無粋というものではなかろうか。   そんなことを考えていると、扉越しにノックと共に女性の声が響く。   「ノウンさん、いらっしゃる?」   「あ、はい。どうぞ」   扉を開け、僕の部屋に入ってきたのはこの宿の女将さんだった。   「どうかしましたか?」   「ノウンさん、よくクラウスさんと一緒にいますよね?」   「はい、そうですけど……」   何だろう? クラウスが何か問題を起していったのだろうか。   「いえ、ね。クラウスさんったら今日までの宿代を支払っていったんですけど、    ノウンさんの分まで含めて支払っていってしまって。    ノウンさんの分は本人から毎日支払ってもらってると伝えようとしたら既に居なかったもので……    冒険者の人にはそうでもないのかも知れませんけど、    私たちからしてみればこんな大金をおいそれと受け取るわけにもいかないですし、どうしようかと思って……」   女将さんの言うとおり、僕はこの宿を利用してから宿泊代を毎日支払っている。   それはプロンテラで得られる情報がもう何もないと判断したら、直ぐにでも他の街へ出て行けるようにする為だ。   そして、女将さんの言葉はこれから僕の取る行動に選択権がないことを示している。   クラウスと同じ宿を利用していた僕は、置き手紙から彼の向かった行き先を知っている。   つまり、僕に残された選択肢は一つしかない。   「分かりました。幸い彼の行き先は知っているので僕が届けます」   「そう、助かります。それじゃ、よろしくお願いしますね」   女将さんからZenyの入った小袋を受け取り、僕はクラウスの行き先に向かう為の準備をした。   宿を出ると、既に辺りは薄暗くなっており、人気も殆どなくなっていた。   (最近、連続殺人・失踪が相次いでるって話だし、用心していかないと――――ん?)   直後に強い視線を感じた僕は辺りを見回す。   だが、見回した先にはつい先程感じた強い視線はなかった。   (見られている、か…… そんなわけないよな)   図書館で見た奇妙な一文を思い出したが、僕はそれを一笑に伏すと置き手紙に記された場所へ向かう為に歩き出した。   クラウスの残した置き手紙に記されたメモを頼りに、街並みを確かめるようにして辺りを見回しながら進む。   そして手紙に書かれた住所であろう、連なる建て物の末端、三方を通りに面した家を遠目に確認する。   (あの家で間違いないかな――――ん?)   宿を出た直後に感じた強い視線と同様のものを感じ取った僕は、その視線の主へと目を向ける。   僕の向かう場所の方角から一人の女性を見つける。   女性は白いブラウスとプリーツスカートの格好をし、腕には腕章を付けている。   ゲームマスター――いや、この世界では政府の特務だったか。   この視線の主が彼女なら、先程から感じる他者を威圧するような視線にも納得がいく。   大方、最近頻発している連続殺人・失踪事件に憤りを感じてピリピリしているんだろう。   だけど、僕はその事件とは無関係だし、変に萎縮する必要もない。   もし、何か聞かれても堂々と答えればいい。   意を決して、僕は女性と向かい合うようにして歩みを進めた。   今思えば、事前に疑問に思うべきだったのだ。   何故、女性は僕にだけ強い視線を向け続けていたのか。   何故、女性から視線以外の気配を何も感じなかったのか。   ――そして何故、剣を抜き身のまま持ち続けていたのか。   気が付いたときには全てが手遅れだった。   女性と擦れ違う瞬間、僕の身体は彼女の剣によって貫かれていたのだから。