商人ラグナVol.29 『あ、あのっ』  まるで14年ぐらい前にやってたロボアニメに出てきた暴走ロボの如く力任せにハンマーを振り回し、ついでに倒したミストケースのリボンをちぎってみたり倒して息絶えたクッキーを分解してみたりしていた俺を、ミーティアが呼び止めた。 「なんだー?」  PT会話だから姿は見えないが、ミーティアもここ、おもちゃ工場の分類所にいる。 「70まで二人分稼がなきゃダメなんだから、ちと荒っぽいのは我慢してくれよな」 『そうじゃなくて、あのっ』  ぶっちゃけ、無形特化でもないこの+10ハンマー[3]だけでLv1メマー乱舞は色々としんどい。タダでさえ少ないSPでテレポとメマーを繰り返し、おまけに聖斧で自己ヒールまでやってるんだから。地デリーターcの刺さった服を借りてこなければこんな荒業できやしない。  ちなみにLv1メマー乱舞なのは、同じ1000zの消費ならLv10を一回撃つよりもLv1を10回撃ったほうがコスト的にもいいから。 『そ、そんなに無理しなくても、あちらの世界は逃げませんよっ』  暢気な事を言ってくれるが、やる気にさせてくれたのはそっちのほうだ。 「だったら尚更、待たせちゃ悪いよな!」  速度増加のかかった足の速さには及ばないが、それでも全力で、俺は目前に姿を見せたクルーザーに向かって駆け出した。 「あっしゅばきゅーむ、ねぇ」  マジでどうでもよかった。いや行く人に対策用アイテム売りつけたり、拾ってきた物を安く買い取って高値で売り飛ばしたりはしますけどね。   こっちに来る前は未実装wikiとかも眺めてたけど、もうモロク崩壊の時点で転職もできずエタ商人やってる俺には色々と無理なんですよ。 「もしかしたら、ラグナさんの居た世界に繋がってるかもしれませんよっ」  何でこいつは地域とか装備とか、何でも新しいモノが好きなんだろうか。  新しく来るものが全部いいとは限らない。モロクの復活だってそうだし、明るみに出てはいないが国同士のゴタゴタだってあるわけで。 「大丈夫ですっ。きっといい方向に向かいますっ」 「んじゃー、砂漠がなくなっちまってどう良くなったんだ?」 「え、えと、カプラさんの利用率が上がったとか、次元の狭間を経由すればモロクまですぐ行けるとか……」  陸路が事実上消滅したおかげでカプラ転送の利用が増えたのはまぁ事実だろう。わざと次元の狭間に突入し、上手くコンチネンタルガードと合流すれば一瞬でモロクの街に行くことはできる。 「でも、人がたくさん死んでるんだぞ。あの次元の狭間も、一般人には危険すぎる」 「う、それはそうですけど……」  苦笑いして、すこし何かを考え込む。いや、考えるフリをしながらも、答えはとっくに出ているのかもしれない。  とにかく、間を置いてからミーティアは言った。 「もう起こっちゃったことはどうすることもできないです。だから、これからどうするかを考えましょうっ」  それもそうだ。こいつの前向きな姿勢はいつ見ても好感が持てる。 「だから行ってみましょうっ」 「お前、すこし自分の限界考えてみてくれ」  ちなみにコイツ、プッシュカートLv10で、しかも俺がカートの整備してるのにPC5くらいの速度しか出ないくらい腕力がない。  審査員らしい怪しい男に「しかしレベルが足りない」的な事を言われたのは3日前。  ルティエは泊まれないからアルデバランに宿を取って、丁度良く商圏投票で勝っていたカプラ転送でここに来ている。  カプラが取ってるなら時計に居なくてもいいじゃんっていう突っ込みは無しで。投票でカプラが勝ったのは俺らがチェックインした次の日なんだ。 「いでっ!」 『ラグナさんっ!?』  俺みたいな鈍臭い商人でも気軽に稼げるとしたら、ウルフとかメタリンとかおもちゃ工場しかない。  木琴とか回避できるような装備を即席で集めたつもりだったが、やはりゲームと現実は違う。いつの間にか後ろにいたクルーザーが撃ってきやがった。95%回避のうち、残りの5%はきっと後ろからの攻撃の分なんだろうな。 『大丈夫ですかっ! どこか怪我したとかないですかっ!?』 「こんなの傷のうちじゃねぇ! だが痛いぞコンチクショウ!」  ハンマーのせいで遠距離耐性の盾が装備できないから、正直言うとこの狙撃はかなり痛い。 『や、やっぱり休憩したほうが……』  ミーティアの言うとおりかもしれない。毎日殴られ撃たれ体当たりされ続けたせいで全身が痛いし、疲れのせいかポリンの体当たりさえ避けれなくなっている。 「何言ってやがる。『もしかしたら帰れるかもしれないですよっ』なんて言ったのはお前だろ?」 『そ、それはそうですけど』 「まぁ別に帰りたいからやってるのもあるが、それだけじゃない。お前、そろそろ転職したいだろ?」 『ふぇ?』  忘れているかもしれないが、俺「達」は二人とも商人。巷じゃエタ商人夫婦とかカップルだとか言われはじめちまった頃合だ。  彼女は50転職を希望しているが、ミーティアは経験値の入る狩り自体あまり行かない上に俺との共闘でしか経験値が入ってない。だからこうして引っ張らないといけないわけで。 「あと少しで45ぐらいになるだろ。一気にやるから今のウチにどっちになりたいか決めとけよー」 『ふぇ……って、何でラグナさんわたしのJobレベル知ってるですかっ!?』  目の前にクルーザーが3体も歩いてきた。向こうで自分のレベルを確かめているだろうミーティアの姿を想像すると笑いがこみ上げてくるが、ちょっと笑っていられる状況じゃない。  3体を叩き潰すのに、先述のLv1メマー×10はとても効率が悪い。威力はあっても重くて動きづらいハンマーで攻撃するのも埒が明かない。  ここでひとつ決め台詞でも吐いてレベル10メマーを駆使し、華麗に倒したいところだが残念なお知らせがある。  所持金、98ゼニー。ハエの羽及び蝶の羽、在庫なし。  あれだけ気をつけておこうって宣言してたのに、この有様だ。やっぱり無理したのが祟ったんだろうか。 『うぅ、まだ44ですよ〜』 「そか。なら今日中に45にしてやる」  俺はミーティアにこの状況を悟られないように軽口を言ってやると、クルーザー達に気付かれないように壁に張り付き、ゆっくり出口のほうに向かっていった。確かにポリンからダメ喰らうほどFLEEは落ちてるが、おもちゃの鉄砲玉ひとつぐらい、避けてみせる。 『わかりました。でも、ほんとーーーに無理はしないでくださいね?』  どうも今日のミーティアは心配性だ。 『だって、ラグナさんは、ラグナさんはわたしなんかの為に頑張ってるんですよね?』 「いいじゃないか。男が誰かの為に汗を流すってのは格好いいだろう」 『はい、格好いいです。でも……』  口ごもっている間も俺は歩くのをやめなかった。歩くのを止めたら死ぬ。って、俺はマグロかっての。 『ラグナさんが帰ってこないと、わたし、ひとりぼっちですから』  なんか妙に引っかかる言い方だった。まるで、俺以外には知り合いは居ないとでも言うかのようだ。 「俺がいなくてもクラウスとかノウンとか誰かいるだろ」  気前がよくて性格も良くて、人見知りしたりするところはあるがその辺も可愛くてついでに頭も良くて。 『でも、わたしはラグナさんがいいです』  どんなときも楽して最大の利益を得ようとする姑息な俺のどこがいいんだか。ステラじゃないが言っておこう。こんな男を見本にするとダメになるぞ。 『朝起きておはようって挨拶して、一緒にご飯食べて、おでかけしたりお店を出して、そして……』  クルーザー3体の包囲網は抜けた。十字の直線通路まで行けば、あとは走って工場1Fまで戻ることができる。 『また夜には「おやすみまた明日」って、そう言ってくれるのって、ラグナさんだけです』 「俺以外にもそういう奴を作ればいいだろ」 『えへへ…』  俺以上にいい男なんて大勢居る。確かに俺は特殊だが、特別な存在じゃないんだぞ。 『わがままかもしれないですけど、それでもやっぱり、わたしはラグナさんじゃないと嫌なんです』  なあ、俺。誰の特別な存在でもなんでもない俺が、どうして露店専用にしかならないまーちゃんのレベル上げなんてしてるんだ?  こんな痛い思いして、重いモノ担いで、振り回して。  何で俺は、いつまでもこいつの傍にいるんだ。  別にいいじゃないか。別れても。他にいい男見つけるなら、俺が居たらジャマだろうが。 「ラグナさん、ちょっと休憩しましょう? すこしくらい……いいですよね?」 「消耗品切れてたから一旦出る。すぐ戻るから待ってろ」  入り口で座っていたミーティアのカートから蝶の羽を一枚引っ張り出して、俺は、ゆっくり顔もあわせることもなくアルデバランの街へと舞い戻っていた。  休む気にはなれなかった。いや、休みたくなかった。  ただ武器を振り回していれば何も考えずに済む。最低限、戦うことだけ考えてればいい。  ミーティアは俺と居たいから、俺の傍に居る。じゃあ、俺は?  レベルを上げたいのならそれこそマジシャンやアーチャーでも連れてきてお座りさせればいい。そのほうが効率がいい。  あいつは明日にでも転職したいのをずっと堪えてる。俺の厚意を無駄にしたくないっていう考えなんだろう。アホだがあいつらしい。  じゃあ、俺にできることは何だ。一刻も早く目標のレベルまで引っ張ってやり、転職させてやる事か。  それでいいとして、転職した後はどうする。当然祝ってやるだろう。その先は?  俺、どうしたいんだろう。