●ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラ   この世界に来てから、またクラウスと出会ってからも一年以上が経っている。   一年という時間は、本当に長い。   それだけの時間を過ごしていれば色々と見えてくるものもある。   例えばクラウスのこと。   彼はとにかく強引だ。   最初に無理には聞かないと言っておきながら、次には本当のことを聞かせてくれと言ってきたり、   どうしてもと言うのなら手を貸さないでいると言った割には、   手を貸さずに後悔するよりは全力を尽くしても駄目だったと思わせてくれと言ってきたりする。   そんな点が目立つが、それは僕の為に本気で怒りをあらわにしたり、心配してくれていることの副次的なものなのだろう。   強引さを抜きに考えれば美点の多い男性として映るに違いない。   彼はそういう人間だった。   僕とクラウスの間に流れていた沈黙の中でそんなことを考えていたが、僕はわざとらしく溜息を一つついて沈黙を破る。   「ホント、クラウスは強引で頑固だよね」   やれやれと大きく肩を竦めてみせる。   その様子を見ていたクラウスは短く息を吐いた後、僕のことを半眼で見る。   「それを言ったらノウンの頑固さも相当だけどな」   それもそうか。   自嘲的な笑みを浮かべながら僕は「あーあ」と声を上げる。   「ここでクラウスの要求を断ったら、まるで僕が悪者みたいじゃないか」   「それじゃあ……!?」   クラウスはまるで希望を見出したかのように顔を上げてくる。   彼の表情に応えるように僕は言う。   「クラウスの好きにすればいいよ」   「あ……ああ、ああ! そうさせてもらう! ありがとう、ノウン!!」   顔を輝かせながらクラウスは僕の両手を取ると、力強くブンブンと上下に何度も振る。   普段ならそうでもないのだが、今はそういう動作をするだけでも身体に痛みが走り、僕は顔をしかめた。   「あ……悪い。お前が目覚めたばかりだってことを忘れてはしゃぎすぎたな」   「いや……気にしなくていいよ」   クラウスが離した両手を撫でながら僕は続ける。   「ああ、因みに僕は今回のことを立件するつもりはないから、そういうことでよろしく」   「それは周りを今回のことに巻き込ませないためか?」   「そういう意味もあるんだけど、詳しく説明したほうが早いかな」   一拍置くように間を空けた後、話を切り崩していく。   「僕を襲った女性はゲームマスター、この世界で言う政府の特務の格好をしていたって言ったよね?」   「ああ、それは聞いた」   「今回のことを立件しないと言った理由は彼女がその格好をしていたってこと、それだけで充分なものになると思うよ」   「どういう意味だ?」   クラウスの疑問に僕は答える。   「最近起こっていた連続殺人・失踪事件の犯人は政府の特務と同じ格好をしていた。    さて、ここで人々はどう思うだろうか。    きっと政府の特務を疑いの目で見続けるか、政府に恨みがある者が起した犯行と予想するだろう。    次に政府。もちろん事件との関与を否定するだろうね。そして自らの潔白を証明しようとするはずだ。    でも、そんな時に政府の特務と同じ格好をした者の犯行の目撃情報が少しづつでも入ってきたら、どうなる?    そんな状態の国はどんな方向に向かってしまうのか。少し考えれば分かることだと思うよ」   少し俯いて考えていたクラウスは暫くしてから自信なさ気に解答する。   「下手をすれば、国自体が瓦解する……?」   「そういうわけ。だから僕は立件しない」   僕だって考えなしに黙っていたわけじゃない。   先に挙げた問題を危惧しての行動だということをクラウスは理解してくれたようだ。   それと、今回のことを立件しなかった場合に起こるだろうと想定される出来事もあるが、それは彼には黙っておくことにする。   それこそ彼には関係ない、僕自身の問題だからだ。   「それともう一つ理由があるんだ」   「まだあるのか?」   「これは僕が確かめなきゃいけないことの一つでもあるんだけど」   咳払いを一つして気持ちを切り替えたところで言葉を続ける。   「あの時の女性の不可解な言動が気になるんだ」   「最初に言った目的を貫徹しなかったことか?」   「結論から言えばそのことになるんだけど、これも詳しく説明しようか」   一呼吸置いて僕は説明を始める。   「彼女は僕、いや僕たちを不要な存在と呼び排除しようとした。    しかし最終的には僕の急所をわざと外して切り刻んだ挙句見逃した。    どうしても矛盾するんだよ。本当に不要だというのなら、見逃すことなく止めを刺せばいい。    逆に最初から見逃すつもりなら彼女の取った殆どの言動は無意味なものになる。    最初から最後までただ警告をすれば済む話だからだ」   「お前をすぐに楽にするつもりはなく、できるだけ長く苦しめつつ殺すつもりだったんじゃないのか?」   「残念ながら、それは違うだろうね」   あの時のことを思い出しながら言う。   「彼女はもがく僕を見てデータ通り、と言ったんだ。    これが言葉通りの意味だとすれば、彼女は最初から僕のことを知っていたということになる。    僕の再生能力を知っていた彼女が、態々長く苦しめて殺すなんて行動を取るだろうか?    現に僕が一晩で目が覚めたことからも、彼女は足止め程度にしかならないと考えていたはずだ。    で、話を最初から整理すると、彼女は最初から僕を殺すつもりで来たが、    何らかの理由で目的を果たせないと判断して、僕を切り刻んで足止めし、後を付いて来られないようにした。    こう考えるのが妥当じゃないかな?」   それまで僕の話を真剣な顔で聞いていたクラウスは素直に疑問をぶつけてきた。   「それはわかったが…… じゃあ目的を果たせないと判断した何らかの理由とか、    後を付けられないようにした理由は何だ? お前に見られたくないものでもあったのか?」   クラウスの疑問はもっともだが、今の僕にはそれらを知る術はない。   「残念ながら、さっき言った以上のことは確かめないことには分からないな」   僕の言葉を聞いたクラウスがハッとした表情で聞いてくる。   「ノウン。お前まさか、本人から聞き出そうだなんていうつもりじゃないだろうな?」   「察しがよくて助かるよ」   軽く言った僕にクラウスが両肩を掴み、強い調子で声に出す。   「バカを言うな! お前を殺そうとした奴なんだぞ!!」   「現に僕はこうして生きているじゃないか」   尚も軽く言う僕に対して、クラウスは両肩を掴む手の力や僕に向ける声の調子をますます強くする。   「それは結果論だ! そんな奴が話し合いに応じる訳――」   「クラウス。君は知らないと思うけど、彼女は僕からの質問には全て答えているんだ。    だから、もしかしたら充分な話を聞き出すことはできるかもしれない」   暫く沈黙と睨み合いが続いた後、クラウスは僕の両肩から手を退けると諦めたかのように言う。   「はぁ……分かったよ。ただし、その時は俺も付いて行くからな。もしものときは――」   「ああ、分かってるよ」   そんなやり取りの後、僕は一つのことを思い出す。   「そういえば言い忘れていたな。僕が確かめなきゃいけないもう一つのこと」   「なんだ?」   「イズルードの剣士ギルドで転職者の経歴を調べたいんだよ。    クラウスがこの世界での役割があるように、僕にも何か役割があるんじゃないか、ってね」   「そうか。調子が良くなり次第、二人で行くか?」   「そうだね。それまではここで厄介になるよ」   僕がかつてknownというキャラクターを削除したことと、   本来ならknown――ノウンがこの世界に存在しないはずの人間だということは黙っている。   それも僕自身の問題だからであり、   剣士ギルドで何の情報も得られないという最悪の状況になったときにでも話せば済むことだった。   話し合いが一段落したところで、マルティナさんがお湯の入った桶とタオルを持って階段を上ってきた。   恐らく僕たちの話が終わるまで一階で待っていたのだろう。   そう感じさせる登場のタイミングだった。   自身の身体の清拭くらいは自分でしたかったが、   残念ながら余り身体が言うことを聞かない現状では満足に腕を動かすことも儘ならず、   結局マルティナさんに甘える形になってしまった。   僕の身体を丁寧に清拭していくマルティナさんと、それを見守るように見届けるクラウス。   クラウスが僕を見つけ、ここで休ませるように進言したらしいが、   そういった優しさが、時に自身の首を絞めることとなる行為に繋がっていることに気付いているだろうか。   僕は知っている。クラウスが他人を見捨てていけるような人ではないことを。   だから、だからこそ思ってしまうのだ。   今回、僕を助けたことをいつか後悔する日が来ると。