「……ぇ! ちょ……だ……!!」  暗い視界、静かな世界で声が聞こえる。  ……声?  あぁ、俺は今寝てるのか。  自覚すれば、後は簡単だ。目を開けて起きるだけだ。  暗い世界にうっすらと光が差し込み―― 「とう……しっか……いい加減起きなさい! <ソウルストライク>!!」  そんな声が聞こえると同時に、衝撃。  吹き飛ぶ体と、目を覚ます、という行為すら出来ずに暗転する意識。  ……さて、状況がさっぱり読めないのだが……まぁ、気絶しとこうか。  そんなアホな事だけが意識の片隅を走った。 「で、何をやってるのよ、ミツキ」 「うぅ、だって、全然起きないんだもん、この馬鹿!」  くらくらする頭と、妙な違和感を感じる体。  意識を取り戻した先で見たのは、俺が良く知るゲームのコスプレをした二人の少女……だと思う。  見る限り十代後半といったところだろうし。  ミツキと呼ばれた方の少女は銀糸の髪を肩辺りで揃えている。  その瞳は「どこの厨二病患者だ」とツッコミを入れたくなる程に真紅であり、ややつり目。  雰囲気……というか、言葉尻からして強気だと分かる。  それ以上に問題がある。さっきも言った通り、その服だ。  そして、ミツキと呼んだ方の少女。  こちらは、やや金の混じった銀の髪を腰まで伸ばしている。  翡翠色の瞳でミツキとやらを半目で睨んでいる。  で、やっぱりミツキと同様に問題があるのはその身を包む服である。  そのどちらもが、とあるゲームにおける職業の正装であるという事。  ――――Ragnarok Online  それに酷似しすぎている。  最初はコスプレだか何かかと思ったが、その割に二人とも着慣れ過ぎているのだ。  ミツキがハイウィザード。  もう一人がハイプリースト。  どこをどう見てもだ。  茶色と白で彩られた若干ボディコンじみた特徴的な服(こげ茶灰色なマントというかケープは部屋の入り口にあるハンガーに掛けてあるし)。  十字架をモチーフに赤と白で彩られ、足首まで隠すスカートの左右に深いスリットの入った特徴的な服。  まぁ、どっちもコスプレとして成り立つ服ではある。  あるのだが……どうにも違和感があるのだ。  頭の片隅で、これは現実だ、と何かが囁く。 「えっと、大丈夫? 一応、ヒールは掛けたんだけど……」 「え? …………あぁ、大丈夫です。ご迷惑おかけしました」  つい、頭を下げてしまう。  いや今回のは悪いの俺じゃなくて、そっちのミツキだと思うんだけどね?  …………つか、ヒールって、“あの”ヒールか? 「……ちょっと、ミツキ? 何か変だよ?」 「いや、あのさ、さっきのは流石に悪かったと思ってるんだよ? だから、そんなに怒らなくても……」  良いんじゃないかなぁ、とか段々と声が小さくなるミツキ。  はて? いきなり吹っ飛ばされて起されたのは問題だが、別段俺は怒ってなぞいないのだが? 「別に怒ってませんが? というか失礼ですが……どちら様でしょうか?」 「――――ま、まて、ちょっと待て! お前、それ本気で言ってるのかっ!?」 「はぁ……。本気も何も、お二人とは初対面だと思うんですが……」  相手の勢いに押されて、思わず語尾が小さくなるのは、我ながら問題だと思う。  というか、この二人。俺の発言に顔を真っ青にして見合わせてるんだが、何事ですか? 「えっと、名前……分かる、よね?」 「名前? 名前……なま……え?」  きしきし、と脳を押し潰される様な痛み。  ありえない。  なんだ、これは。  何故こんな……ッ!  散り散りになる記憶。  両親の顔は分かる。  きょうだいの――兄と妹の顔も分かる。  だが、名前が分からない。  そして何より、俺自身の――――  ぎりぎり、と歯が砕けるんじゃないかと思う程に軋ませて―――― 「……俺、誰だ?」 「「――――ッ!!」」  絶句する二人を他所に、俺の思考は冷静さを取り戻し始める。  名前が分からない。  あぁ、良いさ。分からない物はどうやっても分からないんだ。  だが、分かっている事もある。  俺はラグナロクというゲームをやっていた事があり、この世界は、それに類似する世界、又は―― 「……そのもの、か」  理由なぞ分からない。  だが、そう確信する。  この体はおそらく“俺”本人の体じゃないのだろう。  それ故に、“この体の持ち主”の知り合いである二人が真っ青になった、と。  異世界だというのに、言葉が通じる辺り御都合が過ぎる気もするが、正直助かるので気にしない事にする。  不都合も理不尽も感じるが、今現在、必要なのは、 「すみません。良ければ俺の名前教えて貰えませんか?」 「ぇ……あ、うん。君は、君はね――」  さて、元の世界に戻れるのかどうかも不明だが、俺は今生きてここに居る。  ならば、優先すべきは生きていく事だ。  戻れるならば、当然戻る。  向こうには家族が居る。友人達も居る。  やりたい事だって山ほどあるのだ。  逆に戻れないなら戻れないで、それで覚悟を決める。  こっちで生きていくだけだ。  少なからず、死ぬ、という選択肢は無いのだから。  だから、ハイプリーストの彼女の声に耳を傾ける。  自分の――“俺”本来の名前すら思い出せない以上、彼女の口にする名が今から“俺”の名だ。  ――――玖凪=十夜。私達の従兄弟よ。                     ここで生きる                     /はじまり 参考資料 キャラシミュ:らぐなろく☆ネットワーク/http://fanavi.net/ro/ 廃Wiz:ID/5t46w4 廃プリ:ID/5u21w4 あくまでも、こんなイメージという事で。