曲の締めくくり、最後の単音が荒野に響いた。  闇夜に訪れるその余韻は壊すのを憚れるほどしんみりとあたりに漂っていて、その中で私は先ほど入り込んだ思念と、そして 曲の中で聞こえた声を思い出していた。  今まで本人が出てきた事は1度あるがこうもはっきりそ思いを意識する事はない。  ユーリもリトもすれ違っていたんだろうな。そのすれ違いはここで起こり、そのきっかけが先ほどの優しい声の女性。二人の 母親。  私は目線を下に落とすと黒の歪なギターがその手に収められている。  ……憑神のギター。  それを手にしたものは、まるで取り憑かれたように曲を奏で、気がついたときには演奏が終了していると言った代物だ。  本来はバードの転生職であるクラウンが装備できるものなのに、何故私がこれを扱う事が出来たんだろう。  そして、何故懐かしいと感じることが出来たんだろう。聞いた事も無い曲だと言うのに。 「……僕のした事は…、許されざることだと言うのに…、なんで、……なんで母さんは……」  呟くようなその声に私ははっとして顔を上げた。  地面に膝をつき、項垂れるその姿はまるで懺悔のようで。  罪悪と困惑と後悔と。その感情が入り混じったその姿は、今まで見せた優秀なハイプリーストの姿などではない。 「……リトのした事は、間違ってなんかないよ」 「……っ!」 「リトは間違ってない。  リトは見捨てたんじゃないんだよね。必死で助けを求めてたんだよね。  ぼろぼろになって走って走って…、やっと助けてくれる人が見つかったけど…、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ遅かった だけだよ…。  ユーリも、ユーリとリトのお母さんもちゃんとわかってるんだよ。  許されないことなんかじゃ絶対無い。リトは悪くなんか無い」 「……だけど、母さんを…!」 「……判る?リト、ここ…」  私はそう言うと、その枯れた木に近寄った。そっとその木に手を触れると乾いた感触がその手に残る。 「ここの洞にユーリは隠れてた。  …だけど、こんな浅い洞、隠れきるなんて無理だよ。  ほんとならね、ユーリもここで魔物に襲われておかしくないのに、ユーリは無事だったんだよ。  リトがユーリを助けたんだよ?  ……お母さんは、それが嬉しかった。だって、自分の子供なのに引き止めて、……そう、自分で自分の子供を死なせようとし てたのを、リトが救ってくれたんだよ?  恨んでなんか無い。とても感謝してる。  だから、悲しんでいるんだ。リトがそうやって自分を苛んでいるその姿を見て…、お母さんも……、ユーリも、悲しんでいる んだ」 「………ユーリは…、覚えて…無いはず…なんだ……」 「ユーリは知っている。覚えている。  お母さんのした行動も、リトのした行動も、ちゃんと覚えているんだよ。  だけどね、それを口にしなかったのは……、リトにその辛い事を思い出させたくなかったんだよ。  ……なんか兄を思いやる弟って感じなんだろうけど、ちょっと抜けてるよね。  ちゃんと言えば、こじらす事なんか無いのに」  ふふ、と私は苦笑をもらした。お互い口にしなかったからこそ、そこで齟齬が生まれ、すれ違っていたのだろう。  護られたいんじゃない、支え合いたかった。もう二人しか居ない肉親なんだから。 「…………君は……不思議だね…。  まるでそれを見たかのように…。  馬鹿だな…僕は……。僕のしてきた事は…間違っていたんだな……」  はは、と泣き笑いのような表情を浮かべるリトに、私は胸の中でちょっとだけほっとしたような感覚を覚えた。これで少しで もわだかまりがなくなってくれたかなと思いたい。 「………ありがとう…。  君には、なんと言えばいいか……」  小さく笑うリトに私は答えようとして…、その時急に視界がぐらっと揺れた。  えっ?えっ?何、なんなの!?  立っているのが辛い。吐きそうになるくらい気持ち悪い。いきなりの体調の変化に戸惑いながら、私はその場に倒れ伏す。 「ユーリっ!!!?」  私の急変にリトは慌てた表情で近寄ってきて、そして私の意識はぷつりと途切れた。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 『少々、無茶でしたか』 『仕方ないだろうな、本来は干渉できない記憶を無理やり引っ張ってんだ。当然負荷は来る』  暗転したその中で声が聞こえた。  ああ、この声、さっきの謎の二人組みの声だ…。  何を言ってるの?何を知っているの?貴方たちは一体何者なの? 『気にするなって。ただのお節介焼きさ。  ……これで一つ枷も外れただろう』 『これから先は貴方の手で道を選んでくださいね。  大丈夫です、貴方ならきっと道を正すことが出来ますから』  優しく微笑むようなその声はそのまま闇の中に溶けて消えて行った。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「ユーリっ!?」 「う、うぅ…」  頭の中がごちゃごちゃする。うっすらと目を開ければそこには心配そうな顔のアサカの姿。  ……あれ? 「ユーリ!!気がついたっ!!?」 「………あ、あれ……?アサ……カ…?なんで……」  なんでアサカがラヘルにいるんだ? 「なんで、って!  貴方が倒れたって聞いて……っ!  もう三日も意識無かったのよ!?  大丈夫なの!?」  三日……?三日も意識無かった…って……。 「えっ!!?リトはっ!!?」  慌てて飛び置きかけた私を制するようにアサカは私の前に手を翳す。  急に起きた所為なのだろう、少しくらくらする頭を抑えながら、私は辺りを見渡した。  見覚えのある室内、……ここは、ユーリの部屋……? 「リトさんはルカさんのところに行っているわ。  出来ればユーリが目を覚ますまで傍に居たかったんでしょうけど、ルカさんに報告しなくちゃいけない事もあったし、それに ルカさんに来ていた任務の方も切羽詰ってきてたようだし……」 「……こ、ここ……プロンテラ……?  いつ、もどって…」 「三日前よ。ワープポータルで飛んできたリトさんが血相変えてね。  ふふ、あんなに焦った顔のリトさん見たのは初めてよ。  本当に大事にされてるのね、ユーリは」  三日前にここに来たと言う事は、私が倒れて直ぐ来たということなんだろう。  ………ど、どうしよう、リトの用事って終わったわけ無いよね…。ラヘルはポタで飛べないからまたリトは飛行船でラヘルに 行くんだろうか?  な、なんちゅう事させちゃったんだろう!私はっ!! 「ゆ、ユーリっ!?  大丈夫!?痛むのっ!?」  頭を抱えて伏せる私にアサカは慌てて私の顔を覗き込む。…っと、アサカにまで心配掛けさせちゃってるよっ! 「ち、違う、そうじゃないの。  あー、もう私ったらほんと足手纏いだなって後悔してる最中なの。  迷惑かけっぱなしで、いやんなっちゃうよ……」  ふるふると首を振る私にアサカは小さく笑った。 「……あのね、ユーリ。  誰も足手纏いだなんて思ってないわ。  なんて言うのか、リトさんの雰囲気少し変わったような気がするの。  もともと優しい人ではあったけど、こう張り詰めた緊張感っていうのがあってね。  でもそれがなんか和らいだって言うか、うん、上手く言えないけど、柔らかくなったって、そんな感じを受けたわ。  ……多分、貴方のお陰じゃないかなって思うんだけど」 「私の…?  まさかー…」  リトが落ち着いたというのなら、ラヘルの件がひと段落ついたらしいと言う事なんじゃないかな。途中で切り上げるような事 しでかした私の所為とは思えない。 「あら、アタシを疑うの?  人を見る目にかけては自信はあるんだけど?」 「アサカを疑っているつもりは無いけど…、でも、ねー…」 「この、ユーリの癖に生意気よっ!!」 「あっ、ちょっ、うわっ!アサカっ!ちょ、やめっ!!」  乗っかかれてわしわしと頭をかき乱すアサカを制しようと必死に腕を振り回す。 「wwwwうはwwwおkwww  ww見舞いに来たwww  ………ぜ………」  そんな折がちゃりと扉が開いて、どうやって発音しているのか判らないその声で入ってきたのは赤い逆毛のロードナイト、ル カ。  ノリの良いその声の終わりは激しい気まずさが伴っているのか、言葉の終わりは詰まるように声が切れる。 「………いや、…その……、……すまん…。  あ、リト。今は待て。  うん。ほらあれだ。弟のいちゃこらタイムに介入するのは、やっぱ、なあ…」  ルカの目には、アサカに覆い被されたユーリがそれを受け入れているように見えたのだろう。…ってえ、ちょっ、ちがっ!! 「る、ルカっ!!だ、だったら早く扉を閉めてっ!!!」  こちらからリトが見えないように、リトもこちらを見ているわけではないが、ルカの言葉を信じているのか、その声は慌てた 様子だ。  誤解だって!!違うの、違うんだってばっ!!!  パタンと締まるその扉。残されたのはその体勢のまま固まった私とアサカ。 「…………えー…と…、ご、ごめんユーリ…」  アサカはぽつりと私に謝罪した。 「wwwいやwwwwすまんwwwすまんwww」 「そ、そんなにニヤニヤした顔で見ないでよ…」  慌てて二人を追いかけて扉を開ければ、ニヤニヤ顔のルカと気まずそうに視線を逸らしているリトの姿があった。  誤解だと言いかけて、でもアサカの気持ちを知っている私としては、ユーリの姿で否定をするのはアサカに申し訳ないような 気にもなり、弁解せずに困り果てたようなため息を吐いた。 「…も、もう、大丈夫なのか?」  何とか話を逸らそうとするリトの言葉に私は頷いた。 「……その、ごめんなさい…。まだリトの用事終わってないのに…、プロに戻る事になっちゃって……」  しゅん、と項垂れる私の様子にリトは首を振る。 「大丈夫、僕の用事はもう殆ど終わっているんだ。…また折を見て出かけなくちゃいけないけど、ワープポータルのメモを取る 事が出来たし…」 「え!?だってラヘルはポタで飛べないって……っ!」  リトの言葉に私は驚いたように顔を上げる。  と、リトの答えを聞く前に、アサカはかたんと席を立つ。その音にアサカの方を見ると、彼女は困ったような表情を浮かべて いた。 「ご、ごめんなさいね、アタシ出るわ」 「…アサカ…?」  そう言うとアサカはそそくさと立ち去る。まるで自分はここにいてはいけないのだと言うように。 「そんな顔すんなや。  手前が受け持つ任務以外の事は下手に知ったりすると、後々厄介な事が起こるんでな。  そう言うことで余り俺ら以外にそう口に出すのは止めてくれよな」  私の表情が不満げに見えたのだろう、ルカは肩を竦めてそう言った。 「そんなに隠し事みたいにしてなきゃダメなの?ルカ達がやっていることって。  同じギルメンなのにさ、そんなの寂しいよ…」 「仕方、ないんだよ。  僕達のしている事は外部には漏らす事は出来ない。  些細な事でも、そこから何か情報が流れる恐れだってあるんだ」  ギルドの皆を信用してないわけじゃないけれど、とリトはそう続けた。  ルカたちの言い分は私にも理解できるけど、やっぱり感情の方が納得してくれなく不貞腐れたように俯いた。 「まあ、そう言うことだ。だからおめーは何も聞かずにここで待っててくれよな」 「……待ってて…?  って…どういう事?」  ルカの台詞に私は顔を上げ二人を見ると、二人は気まずそうに目配せし、私の方を見る。 「上がよ、まあせっついてくるわけよ。  リトも完全復帰したし、遅らせてる仕事に取りかからねーと、な」  ………遅らせている、仕事…? 「僕の所為で遅らせているのだから、大聖堂からは催促が来ているんだ。  これでも大聖堂に所属しているプリーストだからね。  ……それにもともと疎まれてた所もあるわけだから、これ以上僕の所為でこのギルドの心象を悪くするわけには行かないんだ よ」  ……大聖堂からの依頼、ルカの担当する仕事……。  以前話に聞いていた…名無しクエ……? 「……それって…、ルカとリトの二人で行くの?」 「ん?あー。そうだが?」 「二人だけっ!?他にはっ!?」 「心配しなくていいよ。ルカは強いから」 「そうそう、俺最強過ぎwwww修正されるねwwwうぇwww  って感じでよー」  へらへらとおちゃらけるルカに私はがたんと席を立った。 「ダメだよっ!!  お願い、私も連れてってっ!!  ううん、私だけじゃない、皆も一緒に行かないとダメなんだからっ!!!」  そう叫んだ私に、二人は驚いたように私を見る。 「おいおい、ユーリみたいな聞き分けの無い事言わないでくれるか?  そもそも皆ってどー言う事だ?」  困ったような口調のルカに私は小さく首を振った。 「ルカ達が行こうとしている所は、ルカだけじゃ戦えないよ」 「…ユーリ、君はルカの事を余り知らないだけで…ルカは…」  言いかけたリトの台詞を遮る様に、ルカが軽く手を上げる。ルカのその目は茶化した雰囲気など何処にもなくて、鋭い光が私 を捕らえている。 「……『OS』としての、知識か?」  その言葉に私はこくりと頷く。 「おめーには、俺達がしようとしているその先の事を知っている…、そう言うことだな?」  その言葉にも頷く。 「つまり戦闘は避けられない、かつ、相手は俺では太刀打ちできない、そう言いたいんだな?」 「…私の知っている事と、この世界の繋がりは等しいのなら、私はうん、って頷くよ。  ルカは、トール火山のカーサとかサラマンダーとか相手にしたことある?」  私の問いかけに、ルカは一瞬何の事かと首を傾げたが、ややあってその首を横に振った。 「あいつらは無理だ。与えたダメージをこちらにも反射しやがる。相性としては最悪だな。  ……って、そう言う敵がいるのか、あの島には」 「うん。それにクァグマイアも使って来るし、範囲魔法も使ってくる。それに凄く固くなるから…、ルカみたいに剣で戦うには 多分無理。  …そこでのメイン火力はシェシィみたいなハイウィザードだよ」 「……あいつ、かぁ?」  私の言葉にルカは露骨に顔を顰めた。私もシェシィと会っているけど、いろいろとつかみ所の無い人だというのは良くわかる。 ルカもリトも彼女に相当振り回されているのだろう。 「…あとはアルトも、アサカも、ね。必要だと思う」 「アルトさんはわかるけど、アサカさんも?」 「うん、リトは大変だと思うけどね、アサカいないと多分リトの方が持たないよ」  ルカはAgiだからパリイなどして前衛に徹してもらうとしたら、バンシーの殲滅が疎かになるだろうからアルトが居てくれ ると心強い。  私は『リト』を扱っていたから、リトの消費SPを知っている。中INTで皆の支援を回し切るのは無理。支援する人数が多 「さっきも言ったけど、私の知っている事とこの世界がイコールなら、って言う前提が必要だけどね。 くて一人でまわすのが大変だと思うけど、多分リトならやってくれそうだ。こ、怖いけど、最悪私に支援要らないしっ! 「…だ、だけど……」 「OK、わかった」  尚も食い下がるリトにルカは一つ頷いた。 「ルカっ!?」  慌てるようにルカを見るリトを、彼は人の悪そうな笑みを浮かべてその視線を返す。 「俺には未知の事でも、おめーは熟知してる、でいいんだな?」 「さっきも言ったけど、私の知っている事とこの世界がイコールなら、って言う前提が必要だけどね」  真っ直ぐにルカを見つめる私の意志を汲み取ったのか、くっくと小さく笑うルカはちらりとリトに視線を投げる。 「安心しろよリト。  おめーの弟は…、まあ正確には違うだろーけど、弱くなんかねえ。  ……そう言っていたのは、リト、おめー自身だろ?」  ルカの言葉にリトは観念したかのように息を吐いた。