ルカが皆を招集させるのは直ぐと言う話ではなかった。  各々が別の任地に赴いている為、連絡しプロンテラにつれてくるには最低でも2日はかかるという。  それくらいは上も待っててくれるさ、といつもの良く判らない発音で言うルカに私は少し複雑な顔で頷いた。  私が提示した事は『ゲームと等しい』と言う前提の下で成り立っている。そこで、もし相違が生じたなら無駄な時間と行動を 取らせたという責任が圧し掛かる。  でも、と思う。  もし、ゲームと等しいのならばルカだけではどうにもならない。リトは純支援でMEじゃ無いし、ルカもVITじゃないから ネクロを相手にする事はできない。  ……死んでしまえば、そこで終わる。  以前アルトから聞いた事実。死は、ゲームと違って余りにも重い。  その重さの所為で、リトはずっと心を苛まれていたんだ。 「はあ…」  自分の部屋のテーブルに肘を乗せ、私はため息を吐いた。  ちらりと視線を映す。黒の歪な形のギター。  このギターの本来の持ち主は、ユーリとリトの母親だという。彼女の血を引く『ユーリ』だからこそ扱う事が出来たのかな。  私は立ち上がり、そのギターを手に取る。  ぽん、と一つ弦を弾けば次に弾くべき音が脳裏に浮かぶ。今は夜だから弾く様な事は無いけど、多分、今の私ならブラギが出 来るはずだ。なんとなく、そう思う。 「……ねえ、ユーリ。  私は今、ここに居ていいの?」  ユーリが内に篭る理由はもう殆ど無いんだ。リトの力になりたいのは他でもない『ユーリ自身』。私はあくまでも『部外者』 だ。  私の問いかけに『ユーリ』は返事をしない。今まで私が問いかけて返ってきた事など無いのだから当然なのかもしれない。  『ユーリ』が表に出てきたら、きっと『私』は消えるんだろう。なんとなくそう思う。 「でも、私はいつ消えても、納得できるよ」  でもそれまでは、一緒に戦おう?ユーリ。  私は再びポーンと弦を弾いた。 「ききききき聞いてないわよっ!!!!  アタシも行くって本気でっ!!!!!??」  どたどたばたん。  慌しい音と共に現われた金髪美女は、その整った顔を蒼白に歪ませて私に詰め寄ってきた。 「決めたの、昨日だったら」 「あっさり言わないでよぉぉおおおっ!!!  アタシはあくまで情報収集しかしてないわよっ!!?  それが実戦ある任務に出るなんて、アイスタイタンとラーヴァゴーレムが手を取り合ってダンスするくらいありえないわよっ !!!!」  何その喩え?  慌てふためくアサカに私は小さく笑うと、真面目な顔をしてアサカを見た。 「アサカ、サービスフォーユー使えるでしょ?  確か、幸運のキスも出来たよね?」 「……なんで、知ってるのよ……。  アタシ、シェシィにしか話してない……」 「……良かった、それは『そのまま』だったんだね」 「『そのまま』って、何よ?」 「あ、ううん、気にしないで」  おっと危ない。アサカには私の知識は『ゲーム』から来ていると知られてはいけないんだ。  Gv予定の無いダンサー。故に合奏スキルは殆ど取ってない私達。そこは変わってなかったんだ。 「私がブラギでシェシィを支援するように、アサカにはリトをサービスフォーユーで支援して欲しいの。  きっと必要になるから」  私がブラギ鳥を作った理由としてはシェシィの為、そしてシェシィがダンサーを作ったのはリトの為だったりする。  お互いそうやって作って、意味ないんじゃねえの?とその時のルカに突っ込みを入れられたのは別の話だ。 「……ユーリも、行くんだね」 「うん。  出来る事はほんの僅かだけどね、でもさ、待ってるだけって凄く嫌だから…。  ほんとー、我侭だねえ、私」  からからと笑ってみせる私にアサカは少し暗い表情を私に向けた。 「………何故、笑えるの?  貴方は、この世界の住人じゃない。死などそう訪れる事のない世界の人だって言ってたじゃない。  ……死んだら、終わりなのよ…?死ぬかも、知れないのよ?」 「…………」  アサカの言葉に私は彼女の顔を見た。…忘れていた。アサカを連れて行くと言う事は、アサカにも死の危険が訪れるという事 じゃないか。 「………ご、ごめん、アサカ…、私ったらアサカを危険な目にあわせようとしていた……?」 「違うっ!  アタシはね、このギルドに入ってから…、いつでも覚悟は出来てるの!  危険な橋も渡ってきたわ!だけど、貴方は…、貴方も『ユーリ』も違うじゃない!  怖くないの!?恐ろしくないの!!?」  真剣な、そして心の奥から心配するようなその眼差しに私は一瞬見惚れるように硬直して、ややあって首を横に振った。 「……怖くない、と言ったら嘘になるよ。  今まででも何回か死の恐怖を目の当たりにしてきたし…。  でもね、私だって戦えるってそう思った。  慢心、かも知れないけど…でも、私に出来る事があるならやらなくちゃいけないって、そう思ったの。  ユーリもそう思ってる。護られているばかりじゃ、待っているだけじゃ…そんなのは嫌だってそう思ってるんだ。  護りたい、支えたい、ずっとずっとそう思ってた。だから、私は『ユーリ』と行くんだよ」 「……本当、不思議な人ね、貴方って。  お人よしが過ぎるわ。  ………もう、なんでユーリの姿で来るのかしら。貴方が、貴方としてきたら…、アタシ、貴方の事を心からの親友として付き 合えたと思うのに」  ふふ、と笑うアサカに私は笑い返す。本当にアサカは綺麗な人だな。ユーリの果報者め! 「ねえ、アサカ」 「何?」 「これから私達、非戦闘職でも足手纏いにならないために買い物に出かけたいんだけど、付き合ってくれる?」 「あら?  デートの誘いにしては随分色気の無い事ですこと」 「デートは、全部終わってからね」  茶化すアサカに私も軽い口調で返して見せた。 「ふむ、随分とおかしなものよ」  数日後、私達は名も無き島に上陸した。 「人の気配があるようでないでござるな」  シェシィの言葉に続けるようにアルトもそう呟く。 「まあそれもあるがのう、こうしてわらわたち4Mが雁首そろえるのも可笑しなものよ。  それほどに困難な任務なのかえ?」 「…困難と言えば、困難だと思う。でも、皆が居れば大丈夫だよ」 「ほう。  了承した。  では、おんしの知識を当てにするかのう」  ふふ、とシェシィは微笑むと緊張した面立ちのアサカに顔を向けた。 「姉上は馴れぬ様か?  何、いざとなればそこな男衆が身を呈して護ってくれようぞ?  何せわらわたちは見目芳しき乙女じゃからのう」 「あら、心配してくれるの?シェシィ。  大丈夫よ、一応アタシはアンタの姉ですから。胆は据わっているつもりよ」  先ほどの緊張は何処へやら、アサカは胸を張るとくすくすと笑い出した。 「やはり華やかでござるなあ。…まあ性格に難ありではござろうが…。  …?ルカ殿?なにやら気になる事でもござるか?」  二人の会話を離れていた所で聞いていたアルトは島の様子を眺めていたルカの表情が気になったのか、そちらに視線を飛ばす。 「……ああ、何も変わってねえな」 「変わらない、と言うべきでしょうか?」  以前来たことのあるルカとリトは島の様子に渋い表情を浮かべたまま見ていた。 「…見ろよ、ここ。  随分と強固に補修してるじゃねーか?」  ルカが示唆したその場所は朽ち掛けた桟橋なのだろうが、その補修に板が打ちつけられている。それだけなら別におかしな話 ではないのだが、それが何枚も何枚も重ねて打ちつけられているのだ。  リトの視線の先には畑もあり、やはりその畑も同じ所を何度も掘り返しているようにも見える。  そうして、何かがここにいると言う様子を見せながらも人の気配はまるでない。  私はあえて何も言わなかった。ここの住人が何処へ行ったのか、どうなったのか。  と、私は何かに思い当たりリトの方を見た。 「ねえ、リト。  ヒバム大神官って知ってる?」 「ん?ヒバム様?  ……名前は知ってるよ。ビルド大神官の前任の大神官で、優れた力と人望も厚い優しい人だと聞いていたな。  僕が入信する前に何かあったのか判らないけど、この島に送られたって聞いてたけど…、それが、何?」 「いや、その、なんとなく気になっただけ…」  確かここは修業場として使われるはずの島だったと思う。  少なくとも罪人の流刑に使われるようなところじゃないはずだったのに、どうもそこら辺は違うと言うのか。  今はまだ日も高い。名無しは入場出来るようになると常時夜だったが、こうしてこっちの世界に入り込んだら当然昼もあるわ けで。恐らく日中には不死と化した住人達は襲ってこないはずだ。…あくまでも、ゲーム内では、だけど。 「黙ってみていてもしゃあないわな、とりあえず島を調べてみるか」  前に来た時は、殆どトンボ帰りだったらしいルカは何故か良く刈られている芝に足を踏み出した。 「ところでユーリ」 「何?」 「凄い荷物だけど、大丈夫?」 「大丈夫!ほら、リトは青ジェムとか地味に重いでしょ!持てる物に余裕のある私が持たないと!」  ここに来る前に、ルカたちにはもって行って欲しい消耗品を伝えてある。  流石にリトも普段そこまで持つことのない青ジェムの量に少し驚きを隠せないまま頷いていたが。  名無しが一体どういう所か、私は良く知っている。  死者を操るネクロマンサー、それに率いられる戦士ゾンビスローター、嘆きの乙女バンシー等。  そして…もしかしたらいるかもしれない、落ちた大神官ヒバムと、そして召喚された魔王ベルゼブブ。  MVPと呼ばれる彼らと会っては、恐らく私達じゃ敵うはずも無い。会わないことを祈るばかりだ。  MVPだけじゃなくても、名無しの敵は脅威なんだ。………ゲーム中ではまるっきりカモ扱いされてるMobなんだろうけど ね…。  その事を考えたら、この荷物でも足りないかもしれないな……。 「んじゃ、何か見つけたら直ぐ報告してくれよ?」 「了承した」  ルカの言葉にシェシィは警戒無く歩き出す。それに続けてか、アルトもざっと風のように消えた。 「おめーたちは俺らと一緒にいろよ」  振り返るルカの視線の先には私とアサカ。確かに何かあっては私達にはどうしようもない。  人気の無い島を散策するように歩き出し、立ち並ぶ家々の中を覗いて。 「……ここ、は…」  ある家の一つ、その前に立った瞬間言い知れない奇妙な感じがした。  入りたいけど、入りたくない。だけど凄く気になる。 「ユーリ?」  後ろで不思議そうなアサカの声と、 「……ここだっけな」  低く渋い口調のルカの台詞が重なった。 「……知ってるの?」  ルカに振り返りそう尋ねれば、ルカは顔を渋い顔のままリトを見た。 「ここで、リトが死に掛けた」 「……そうだったね」  ルカの言葉を肯定するように呟くリトの声は妙に淡々としている。 「…………それが原因で、私が来たんだね」  私の言葉に誰も口を開かなかった。私はその室内に足を踏み入れれば、床に染み付いたような血の跡を見つけた。  ……ここで、リトがユーリを庇ったんだ。  そんな状況、どうして起こったのだろう。いくらユーリでもここが危険な所だと言うくらい知ってるじゃないか。  踏み入れたその部屋で、床に落ちている一枚の写真が目に付いた。拾い上げて見ると、それはユーリの部屋にあった写真と同 じもの。 「……これ……」 「何かあったのか?」  呟く私の声にルカが覗き込み、そのルカの眉がピクリと動く。ルカは私の持っている写真を取るとリトに見せた。 「……おめーらの親父、で間違いない…、か?」 「………そうだね」  写真を受け取ったリトは感情を表に出す事無く言葉を綴り、そして首を横に振る。 「…………、……あれは、父さんだった…んだね…」  父さん。  リトが言うその言葉。  ああ、そうだ。私はあの雨の日に父さんと呼んだゾンビスローターを目の当たりにした。  あれが、本当にユーリとリトの父親か、それとも全く違うゾンビスローターか判らないが、ここに現われたのは二人の父親の 成れの果て、ゾンビスローターだったのか。  そして、リトを生死に境に落とした主が、ここのゾンビスローター…二人の父親だった、と言うのか。  …複雑な心境なのだろうな。実の父が子を殺しかける。理性など残っていないのだろうけど…それでも我が子を殺そうとする のは、子にとってどんな思いを受けるのか。  ………私には、よく、判らない。 「これ、日記、ね」  アサカは沈黙を作るその空気に耐えかねたのか、机の上にある冊子を手に取った。薄汚れてボロボロのその日記。ここの持ち 主が書いたと思われるそれをぺらりとめくった。  他人の、ましてや二人の父親だと思われる日記を読むのは申し訳ないと思っているのだろうが、場合が場合なので誰も咎めた りはしない。 「………、………、…………なによ、これ……」 「どうしたの?」  ふるふるとその身体を振るわせて日記に目を落とすアサカの表情は酷く青い。アサカは無言でその日記を私に渡すと、気味が 悪いと言わんばかりに両手で自身の肩を抱いた。 「んん…?」  とりあえず私もそれに目を通す。最初は極普通の日記だった。 『○月×日  今日は良く晴れていたので、先日植えたブドウの苗は良く育つだろう。  昨年のようにカラスの被害に気をつけなければ。  ○月△日  先日、神官職だった男がぶつぶつと呟きながら修道院の中に入って行ったのを見た。  あの男は何かと人に害する行動を取る為、注意しなければいけない。  □月◎日  深夜、怪しげな人間が島に訪れた。  ここは罪人の多くいる島、特に珍しい事でもない。  気にかける必要は無いだろうし、夜は閂が掛けられ外に出ることは出来ない。  確認のしようも無い。  ◎月○日  今日はユーリの誕生日だ。  エルは、リトは大丈夫だろうか。  いや、大丈夫に決まっている。  ああ、どれだけ大きくなったのだろう。一目でいい、会いたい。  ◎月○日  今日はユーリの誕生日だ。  エルは、リトは大丈夫だろうか。  いや、大丈夫に決まっている。  ああ、どれだけ大きくなったのだろう。一目でいい、会いたい。  ◎月○日  今日はユーリの誕生日だ。  エルは、リトは大丈夫だろうか。  いや、大丈夫に決まっている。  ああ、どれだけ大きくなったのだろう。一目でいい、会いたい。  ◎月○日  今日はユーリの誕生日だ。  エルは、リトは大丈夫だろうか。  いや、大丈夫に決まっている。  ああ、どれだけ大きくなったのだろう。一目でいい、会いたい。          ・          ・          ・            』 「……なに、コレ…」  間違いなくこれを書いたのは二人の父親。それは判る。  だけど『◎月○日』の日記がずっと同じ内容で書き続けられている。繰り返し、繰り返し、冊子の最後まで同じ内容が書かれ ているコレは奇妙と言わずしてなんと言うんだろう。 「ユーリ?」  アサカと似たような表情の私にリトは訝しみ、私の手からその日記を取り読み出す。  繰り返し行なわれる日記。  同じ所を何度も何度も補修する跡。  同じ所を掘り返してある畑。  ……これは、もしかすると、ベルゼブブ召喚後から同じ日を繰り返させられている、と言うのだろうか。 「ルカ、◎月って、どれ位前?」 「んん?4ヶ月前だな」  現在の正確な日付を知らない私はルカに尋ねると、ルカは何事も無いように答えた。  …そっか、4ヶ月前にここが不死の島と化したんだ…。 「…ルカ…、これは僕が貰ってもいいかな?」  日記を見終えたのだろうリトはルカに問う。 「かまわんさ、親父の遺品、なんだろう?」 「……まあ、ね」  リトの浮かべた表情は寂しそうな笑みだった。 「んじゃ、次行くぞ次」  重い空気を振り払うかのようにルカは家の外に向かって歩き出す。  と、その時外から高い口笛のような音が聞こえた。 「どーした!?」  その音を辿り走り寄るルカは、とある家の裏手の庭で私達を待つアルトに向かって声を掛ける。先ほどの口笛のような音は何 かあった時の合図だったのだろう。 「ルカ様、これをっ!」  ……ルカ様?なんかアルトの口調がいつもと違う気がするんだけど? 「おいこら、皆がいる前で『様』はやめろっつーたじゃねーか」 「そのような事を言っている場合ではございません、これを見てください」  非常に改まった口調のアルトは地面に指を指す。  そこには一羽のカラスが絶命し横たえていた。 「…カラスの死骸じゃ……」  言いかけたルカの声がふつりと途切れる。その顔が徐々に信じられないものを見たかのように青褪め、そして冷や汗なのだろ うか、汗が頬をなぞった。 「……なんで…、なんで…この模様が…、このカラス…に……」  まるで搾り出すように出た声は震えていた。その身体もわなわなと震えていた。 「……これは、毒草です。ルーンミッドガッツでは採ることの適わない物です」  カラスの直ぐ脇に生えている自生とは到底思えない草を一つ掴み、アルトはルカにそう告げた。そして、懐から緑ポーション と黄ジェムを取り出すと、黄ジェムをポーションにいれ、それをカラスに振り掛ける。  しゅ、と言う音と共に薄くなるその模様。 「…………同じ、だ……。  殿下達に…、ついた、模様のように…、消えやがった……」  がくりと地面に膝をつけるルカ。 「……ここの、連中が………、殿下を…亡き者にしたと……言うのか………っ!」  じゃり、とその手で地面を削る。声を掛けれる様子ではとても無かった。 「アルナベルツの連中が…!殿下を、殺したのかっ!!!!」  怒りの交えるその声は聞くものを震え上がらせるのに十分だった。当然私もアサカもただただ立ち尽くすしかなかった。 「許さんっ!!アルナベルツめっ!!!!」 「アルナベルツがやったとは限ってないっ!!!」  ルカの叫びをリトが遮った。その声に振り返るルカの顔はとても恐ろしかった。 「ここに証拠がある!!!!これを見て違うとでも言うのか!!!!」 「たとえその草が毒草だとしても、それを知らずに作らされていた可能性だってある!  アルナベルツはルーンミッドガッツに敵対していたけど、でも、これだけで証拠になるなんて思えない!!」 「リトはアルナベルツの人間だからなっ!!!肩を持つのは、当然……っ、…」  ルカの言葉がそこで途切れた。はっとしたような表情でリトを見る。  リトは酷く悲しげな笑みを浮かべていた。 「………そうだよ、僕はアルナベルツの民だ。いくらルーンミッドガッツの民だと言い聞かせても、オーディン神に祈りを捧げ ても、僕はアルナベルツの、フレイヤ神の信徒に変わりないんだ。  だから、そうだね、ルカの言うとおり、僕はアルナベルツの肩を持つのは当然だと思う。  でも、判って欲しい。きちんとした証拠が無いんだよ。誰が王子に毒を盛ったのか、それはまだ判明してない。  だから、そう決め付けないで欲しい…」  それは訴えのように淡々と口にするリトに、おろおろとうろたえた様な表情のルカは先ほどの殺意すら滲んでいた色は何処に も無かった。 「…違う、違うからな?  俺が、間違っていた。リトはもうアルナベルツとは関係ないんだ。俺が、間違っていた…」 「いいや、関係なくは無いよ。僕は…」 「リトはルーンミッドガッツの人間だっ!!そうだろ!?なあ、アルトっ!!!」 「……ルカ様がそう仰るのでしたら」  慌てて振り返るルカの言葉を肯定するようなアルトの表情はよく読み取れない。  それ以前にこの三人の関係図もよく読み取れない。  私はアサカと顔をあわせると、アサカも良く知らない様子でお互い首を傾げた。 「暑苦しい男の友情とでも言うのかえのう?」 「うわっ!!シェシィっ!!  いつの間にっ!!?」  私とアサカの間を割ってはいるように身を乗り出すシェシィの存在に数歩後ずさる。シェシィは私の行動に見向きもせず、つ かつかと三人の傍に寄った。 「のう、ルカ。  そこな修道院の扉、おんしの馬鹿力で開けて貰えぬか?」  くいっと顎で修道院をさすシェシィにルカは眉を顰めた。 「…おめーの魔法でぶちあければいいだろうに」 「もうやってみた。しかし、なにやら結界が張ってある様子でのう、焦げ目一つつかぬわ」  物騒な物言いに物騒な物言いで返す二人。 「おめーで開けられねえ物を俺で開けられるかよ…」  ぶつぶつとぼやきながら歩き出すルカと、それについていくアルトとシェシィ、そしてアサカ。その後ろをリトが続く。  そのリトの傍に近寄ると、私はリトの法衣の裾をついついと引っ張った。 「…何?」 「ちょっと聞いてもいい?」 「僕で答えられるのであれば」 「ルカがあんなに怒ってた理由って何?」  そっと尋ねれば、リトはえ?と数度瞬きをする。 「当然、だよ。ルカは王家に忠誠を誓う騎士の家系だ。特にトリスタン陛下には忠誠以外にもなんと言うかな、尊敬していた、 という感じかな。  トリスタン陛下は冒険者達に様々な援助も出していたし、かなり気さくなお人柄だと言うし、そのお子、王子達も陛下に似て とても気さくな方々だった、と言っていたしね。  ルカも幼少の頃は王子達と遊んだ事もあると言っていたよ。……その王子達が暗殺されたんだ。激昂しない方がどうかしてい る」  リトの言葉に、私は立ち止まった。 「……陛下もここ半年、冒険者支援はおろか政にも顔を出さなくなったと言っていた。  重い病気にかかっているのだと、そう言われている。  酷く心配しているんだよ、ルカは。尊敬し、忠誠を誓う陛下だから尚の事ね」  ……私は知っている。名も無き島の入場クエストの終わりを。  私は、この先の事を知っているんだ。  これが終わったら、ルカは、どうするんだろう?  このまま先に進むのが、私は怖くなってきた。