「開く、どころか軋む音すらしねーって」  私がその修道院の前に着いたときには、ルカがその修道院の扉の前で押したり引いたりとした後らしく、それでも未練がまし くどすどす扉を叩いてるようだった。 「まるで壁を相手にしているようでござるな」  先ほどの態度は何処へ行ったのやらアルトの口調はまたしてもござる口調。まるで先ほどのいざこざなど無かったような振る 舞いに私は言いようの無い違和感を覚える。どれが本当でどれが繕っているか…、先ほどの事が無ければきっと判らない。人の 本性は感情が昂ぶった時に現われるのだから。  そうやって沢山の事を隠して、心の内側に仕舞い込んでいるんだ、この人たちは。  国から依頼されるほどの実力を持つルカたち。そんな彼らが今まで私に見せた姿は全てじゃない事くらい、当然だって思うけ ど、……思うけど、でも…。 「……辛いなあ……」 「ユーリ?  何か言った?」  ぽそっと思わず口に出た言葉をアサカが拾ったらしく、だがその言葉そのものを聞いたわけではないので問い返すように私を 見た。 「ううん、何でもない」  私は訝しかげな表情を浮かべるアサカに首を振って否定をし、ほんの少しだけ笑って見せた。 「そう?」  余り納得して無い様子のアサカは首を傾げ、そして扉の前で悪戦苦闘している我がギルドのトップ達の方を向く。  夜にならないと開かない修道院の扉。…何故夜なのかは私には判らないけど。 「………これは…、内側から封印されてる、ようですね」 「そうじゃな。まるで開けるでないといわんばかりの引き篭もりを相手にしているようじゃ。  なんぞ見られとうない猥な物でも散乱しておるのかのう?」  くく、と喉の奥を鳴らすような笑みを零すシェシィにリトは露骨に顔を顰めるが、あえて突っ込む気は無いのだろう、扉を丹 念に調べ始める。  その様子を面白くなさそうに眺めていた魔力とは全く縁の無いルカは、ふとその顔を私の方に向けた。  私に問いかけるように口を開き、そして首を振る。  その表情は複雑で…、恐らく、だけど先ほどの事を聞こうとしているような、そんな気がした。…だけど聞こうとしないのは ルカ自身のプライドか、聞いて沸きあがる感情を押さえ込む自信が無いのか、……多分、そんな所だと思う。 「今は、開きそうに無い」  そんなおり、諦めたように息を吐くリトの声に皆そちらの方を向いた。 「なんか判ったのか?」  ルカの言葉にリトは彼を見、小さく頷く。 「太陽の結界が張られているようだ。…妙だけど。  日のあるうちは決して開かない」 「夜にならんと開かないのか。  ……で、何が妙なんだ?」 「…うん、普通こういうのは外側から内の邪悪なものとか封じるのに使うのだろうけど、それがこの結界は逆のようなんだ。  望んで封じられてるような…、そう、感じられる」 「日の光を嫌っておるのじゃろうて。夜行性にもほどがあるわ。  ………尤も、結界を張った主は尋常ならざる力の持ち主であると思うがの…。  ふふ、此れほどまでに強大な結界…、入るのがわらわとて恐ろしゅうなるわ」  シェシィの表情はいつもの尊大なものとは違い、僅かだが固くなる。シェシィの言う『尋常ならざる力の持ち主』、それはヒ バムかベルゼブブか、正体は知らないと思うがその力をシェシィは気が付いている。 「なんにせよ、夜にならなきゃここには入れねえっちゅうことだな?」  確認するルカにリトとシェシィは頷いた。 「じゃあ、ここは後回しだ。他見てくるか」  のそり、と座り込んでいたルカは立ち上がり歩き出す。それに促されるように動き出す皆を見る私は、一つ息を吐いて壁に寄 りかかる。 「どうしたの?  ……疲れた?」  心配そうな顔のアサカに私は小さく首を振る。 「……私、ここで待ってる」  私の言葉が聞こえたのか、ルカは立ち止まりこちらを向いた。 「…何があるかわからねー所に一人で残らすのは…」 「僕がここにいる。それでいいか?」  言いかけたルカの言葉を遮るようにリトはそう言う。 「同じ失態はしない。いざとなればポータルを開いて帰すから、それならば問題ないだろう?」 「……わぁーった。なんかあったら呼べよ」  返すリトの言葉にルカは不承不承頷いて再び歩き出した。  その後姿を見送って、残ったのは私とリトとアサカの三人。なんとなく、私にとって気心の知れた顔ぶれに私は、はぁと重い ため息を吐く。 「……少し、怖くなった」 「怖いなら、無理をしなくても…」  ぽつり、と呟いた私にリトが優しくそう言うが私は首を横に振った。 「戦う事がとか襲われる事がとかじゃなくて…。  ………私はこの先の事を知ってるから…、これが終わったら、どうなるのかなって…それを考えると、ちょっと怖い」 「……先を知ってるって、なんでユーリがそう言うのを知っているのよ?」 「…『OS』の知識、なんだね?」  問うアサカに答えるようなリトの台詞を頷いて肯定し、私は再び一つ息を吐いた。 「私が知っていること、私の知識。それ、全部遠くから眺めているようなものなの。だから、そこから生まれる感情ってのを深 く考えた事が無かった…。  そりゃね、感情移入とかしちゃう所もあるけれど、当事者じゃないからそんなの上っ面の軽い感情でしかなかったの」  恐らく聞いているリトとアサカには理解し難い内容だとは思う。でも吐き出したかった。  先ほどのルカの態度…、それを知って私はこの終わりをどんな気持ちで見ればいいんだろう。終わらせたくない、このまま全 員が帰って、名無しの事など無かった事にしてくれれば…いいんじゃないかって、そんな我侭な気持ちが生まれる。 「よく、意味は判らないけど…。  さっきのルカさん達のこと?」 「…………。  ……………うん」  リトから聞いた話もある。そういえばルカはロードナイトだ。それに生まれは由緒正しい将軍家の血筋。王家に忠誠を誓うの は当然の事じゃないか。 「……。  大丈夫、皆は…、ルカは、そんなに弱くないよ。  君の話からも、少しは予想が付いた…。確定はしてないけどね。  ………大丈夫、君は心配しなくてもいい。  もし、何かあったら僕が何とかするから」  ぽん、と私の頭に乗せられたリトの手に私は顔を上げる。 「リトはルカの事を信頼しているんだね」 「信頼しているよ。じゃなければ、こんな酔狂なギルドにどうして入れるかな」 「酔狂…ってリトさんがそんな事言うとは思わなかったわ…」  ふ、と笑うリトと呆れるような顔のアサカ。  二人を見て、私は心の奥にあるもやもやとした不安のようなものがほんの少しだけ軽くなったような気がした。  ……そうだよね、バラバラだと思ってたギルドだけど、人の関係はバラバラなんかじゃないんだよね。必ずどこかで支えがあ る。……私も…、ううん、ユーリもその一人にならなくちゃいけないんだよね。  結局日が傾いても、これと行った情報も無かったのか、冴えない表情でルカ達は戻ってきた。  日は、もうじき落ちる。  名も無き島の変貌した姿が、もう間もなく訪れる。 「……ここはニブルヘイムか…っ!」  ざしゅ、と切り払った剣先にはラギットゾンビが胴と足を切り離され地面に崩れ落ちている。  日が完全に落ちたこの島の様子は、先ほどとは全く違う気配が生まれていた。  夜と共にゆっくりと開かれる修道院の扉、そこから現われた死の住人、呪われた人たち。  あたりに漂う空気は濃厚な死の匂い。怨恨の呻き声があたりに低く響く。  まるで地獄の中にいるのではないかとすら思える。…いや、ここは地獄と変わらない。その窯を開けたのだ、ここの神官は。 ベルゼブブを召喚したのは一体誰か、それははっきり判らない。  ヒバムか、それに準ずる力のあった神官か。……誰が召喚したとしても、結果は何も変わらないのだろうけど。  ひっ、と小さな悲鳴を上げたアサカの目には先ほど切り倒されたラギットゾンビが足が無いのに起き上がろうとしている姿が あった。決して目に優しい光景などではありえない。 「……っ!  死に損ないめが、醜態を晒しおってっ!」  杖を振るい、吐き捨てるように言を放つシェシィはそのラギットゾンビに火柱を放つ。腐肉の焼ける匂いが空気に溶け込む。 「成る程、こりゃあ厄介だ」  完全に剣を抜き放ち、鋭い眼光で扉を見やるルカは、ちらりと私達に目をくれる。 「気合入れろや!地獄の一丁目だ」  その言葉に頷く皆。  …私も戦わないと。ユーリの母の遺品のギターを携え、進むルカ達に私はついて行った。  さすがにゲームのようにわらわらとMOBがやってくるわけではない。それでも決して少ない数と言うわけではなかった。  前を走り、残像を残すかのような剣速でゾンビスローターやバンシーを切り払うルカ。  不意に姿を消し、ルカの死角となるそのMOBを屠るアルト。  中衛の位置に立ち、状況を見極め支援を送るリト。  後衛で杖を振るい、魔法を放つシェシィ。  名無し1はWIZとは相性は良くない、と言ってもそれはあくまで効率的なこと。恐らくAMPの乗せた大魔法の前に原型をとどめ なくなったMOBは多数だ。  だが、その大魔法を使う間はシェシィは完全に無防備。少しでもフォローできれば、とは思うものの、戦いに慣れた4人を前 にしては私に出来る事はブラギや夕陽のアサクロで能力を向上させる事しか出来ない。 「…ふむ、これは便利よのう」  ふと襲い来るMOBが途切れたその時に、シェシィは口元を綻ばせた。 「流石はリトの弟、シェシィの姉って所だな」  シェシィの言葉を続けるようにルカも声を出す。 「……どういうこと?  バードやダンサーの演奏って珍しいものじゃないんじゃない?」  その言葉に私は首を傾げた。  所謂上級ダンジョン実装前のバード、ダンサーのスキル認知度はそれほど高くは無いと思うけど、生体だ、棚だ、名無しだ、 トールだなどと言う場合のバードのブラギは最早PT必須に近いスキルになっている、ゲームでは、だけど。 「演奏自体は珍しくない…けど、普通のバードやダンサーが魔力の肩代わりなんて出来るものじゃない。  曲によって効果が異なるなんて、ありえるのか?」  何故か驚いた表情のリトに私は再び首を傾げる。ユーリがバードなのに、リトはその恩恵を受けた事がなかったの? 「……ユーリにそんな力があったなんて、アタシも驚きだわ」  アサカも感心したように長い金髪をかき上げながら言う。 「………そう言う、ものなんだ…」  バード、ダンサー自体珍しくなくとも、スキルを使うのは普通は無いらしい。意外な事実に私は手の中にあるギターに目を落 とした。 「ま、悠長に話してる場合じゃねーな。  ここは別れて探索するよーな場所じゃねーし、ぐずぐずしてるといつまで経っても調べがつかねー。  行くぞ」  ルカはそう言うと、ロードナイトのマントを翻して修道院の奥に足を進ませていった。  ルカたちの本来の目的は、ここのMOBを倒す事じゃない。誘拐されたと言うプロンテラの高官の所在を明らかにするのが目的だ。  以前入った事のあるセスルムニル大神殿。あの荘厳な趣のある建物と形式は似ているらしいこの修道院。確かに所々に大神殿 で見た彫刻…多分フレイヤの神像か何かだと思うけど…が目に入る。が、そこに住まうものが闇の住人となると神聖な様子は何 も無く、むしろ禍々しく見えてきさえする。  修道院の通路を行き、書庫や、執務室らしき部屋に入り文献を漁る。  宗教に関わるものが多く、そのどれもが誘拐された高官の情報になりえるものが無い。 「どうだ、そっちは?」 「神話と作付けの帳票ばかりでござるな。もっと奥の…ここの重役の部屋を探した方がいいかも知れぬでござるよ」  ばさり、と帳面をテーブルに落とし、アルトは室内をぐるっと見渡す。書斎らしいこの部屋はそれなりに解放されている為、 読む人間が多いのか、そのような内密な文書はあるようではなかった。 「よし、次行くぞ」  ルカは扉を手にかけ、気配を探る。開けた瞬間ゾンスロが襲ってきた、と言う事があるのでそれを警戒しているようだ。  ………なんと言うか、気分はROと言うより、リアルバイオ○ザードだ。私はまだ後ろからみんなの後を付いていくだけだから そこまで気を張ることは無いのだけど、やはり心臓には優しくない。  夜ともなれば、住人の居ないここ修道院は闇を深く落とす。ゲームではむしろ明るいくらいだと思っていた、修道院もルアフ やサイトで明りを確保しながらの行軍になっていた。もちろん光の届かない場所は真っ暗で私の目には何も見えない。聴力には 自信があるらしいこの身体でも耳に入ってくるのは怨嗟の呻き声、とてもじゃないがどこに何が潜んでいるかなんて判らない。  階下に下がる階段を見つけ、慎重に歩を進めるルカたち。  1階にはネクロマンサーは居なかった。偶然鉢合わせなかっただけかもしれないけど。  名無し2階、バンシーを除きその代わりにネクロマンサーが配置されているはずだ。  そして何よりもこの階のMVP堕ちた大神官ヒバムがいる可能性がある。…可能性としては高いだろうか。狩場として機能して いないこの名無しでヒバムが倒されているわけなんかないのだろうし。 「…ユーリ、顔色悪いよ…?」  隣で心配そうに私を見るアサカに無理やり笑みを作って首を振る。  ヒバムが居る時はバンシーがいるはずだ。この世界のMVPを見た事がないから取り巻きがどういう風になっているか知らないけど。 「……ルカ」 「なんだ」  私の問いかけにルカは振り返らずに声を返す。 「ルカ達は、ゲフェンのドッペルゲンガーとか、グラストヘイムのダークロードとかなんかこう、ボスっぽいぞって言うのと 戦った事ある?」 「…なんだ、そのボスっぽいって言うのは?」 「………、ま、まあそのまんまの意味なんだけど…」  流石にここで全てのMVPの名を挙げるわけには行かない。そんな余裕は無いだろうし。 「おめーが言うものに該当するものがあるっちゅーなら…、コモドのタオグンカとかもそれに当たるのか?」 「そう、そう言うの」 「それがどうした?  今いる状況に関係があるのか?」 「関係はないわけじゃないけど。  えっとタオグンカの取り巻きにメガリス大量にいた?」 「ぁん?  意味が良く知らんが、いることには居たぞ?それがなんだ?」  幾分不機嫌な口調のルカ。常に気を張っているので余計な事を考えさせないでくれと言いたいらしい。  それにしても、取り巻きはそのまま変わらないのか。じゃあ注意すべきは2階のバンシーと3階のヘルフライか…。 「……ルカ、この階でバンシー見たら、絶対にそこに行かないで」  バンシーを取り巻きにしているヒバム。ヘルジャッジをを使うヒバムでは場合によっては瞬間で取り殺される恐れだってある。  ヘルジャッジに付随される呪いも、ゲーム上ではうざいとしか思えなかったけど、この間呪いを受けたヴァンベルク達を見て とてもじゃないが受けたいとは思えなかった。 「…おめーが言うからには理由があるのか…。  おぅ、判った注意はしよう」  そう言うとルカは重い木の扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。 「……なんじゃ、これは…」  部屋に入った途端、露骨に表情を歪ませるシェシィ。私の目には何がおかしいのか判断つかないけど、部屋の空気が彼女にそ う思わせているのだろうか。 「残り香…みたいじゃのう。  胸が悪くなる」  吐き捨てるような物言いにリトの表情も重い。 「…何かを実験していたような…」  そう言いながらその部屋にある書棚に手を伸ばす。日誌のようなそれを目で追って、そして表情を更に曇らせた。 「…………召喚儀式……?  だとしたら……」 「何があった?」  問うルカにリトは自分の目にしたその項をルカたちに見せた。…あれは『研究記録』かな? 「…この日の翌日と父さんの繰り返された日記の日付が同じなんだけど…、これが…原因なのか…?」  幾分掠れた口調のリトにルカはその研究記録を見ながら、徐々に顔を歪めさせる。 「何処の馬鹿だ、んなマネしやがって…」 「……異世界の存在の召喚…、ふむ……なにやら面白そうだの…」 「頼むからシェシィはそーいうのやんないでねっ!?」  冗談や皮肉で言ったシェシィではあるが、彼女ならやりかねないと思った実姉は慌てて自分の妹を見る。  やらないとは思うけどやりかねないと思われてるのか、自分の姉にも。 「その本とやらはここにはなさそうでござるな。  失われたか、持ち去られたか…前者であらば助かろうが…、判断は付きかねぬでござるな」  それらしき書物を探しているが見つからないのか、アルトは息を漏らしつつもそう呟いた。 「…どっちにしても、俺らの探しているものじゃねぇ。他行くぞ」  扉を開け外に出ようとしたルカの動きは次の瞬間ぴたりと止まる。 「………おい」  押し殺すようなルカの声は私に投げかけられているようで。 「どうしたの?」 「…バンシーがいるぞ」 「うそっ!!」  先ほど私達が来たその道をバンシーが漂いながらこちらに来る。距離はまだあるらしい。 「数が多い、こちらに向かってくるようでござる」  それを見えているのかアルトはポツリと呟いた。  こちらに向かってくる数の多いバンシーっ!!?間違いない、ヒバムだ!! 「逃げてっ!!急いでっ!!」  私の声にルカは頷くと扉を開け通路に躍り出る。来た道から現われたバンシー、闇の中蠢くような影でしか見えない私でもそ こから生まれる重圧は足が竦みかけるほど圧し掛かる。 「急げ、追ってくるっ!」  元々気がついていたのか、今私達の姿を確認したのかバンシーがこちらにやってくる。その中から低い唸り声が耳に入る。ヒ バムの声っ!!? 「巻くぞ!」  走り出すルカ達と追ってくるヒバム。次の瞬間キンと澄んだ音が鼓膜を震わす。咄嗟に振り返ると通路を塞ぐように氷の壁が 出現していた。 「ほんの時間稼ぎにしかならぬが」  シェシィのアイスウォールか。  通路を走り、襲い来るゾンビスローターを切り伏せて更に奥に進む。下へ下がる階段を見つけたのはその直後。  そしてその階段を降り切った所でシェシィは天井を支えている1本の支柱に魔法を放った。 「シェシィっ!!?」  私の声と、倒れた支柱が階段を埋めた大きな音が同時に響く。  振り向けば先ほど通った階上は支柱で埋まりぱらぱらと細かい破片が降ってきていた。